彼が北へ行けなかった理由  本文へジャンプ

「行灯。行き先決まったのか?」
「迷ってる」
「どういうことだ?」
「寮も捨てがたいけど、速水の所もいいかもって…」
 島津はちょっと驚く。
「…。まあ、確かに独身寮はぼろいよな。しかも、野郎ばっかり…だし、そろそろ立て替えじゃないかって噂もある」
「そうかぁ」
「二度引っ越しするのは、ものぐさ行灯にとっては面倒だろう。だったら、寮にするか、速水のとこにするか。どっちかに決めろよ」
「だよなぁ」
「それにしても、速水のマンションは立地場所がいいよな。バス停もコンビニもスーパーも近くだし、しかも、歩いていけるところに駅だぜ」
「ここにも近いしな」
 田口のように巣ごもりが好きな者にとっては、速水のマンションはとても便利だ。しかも、家賃はただで良いと言うのだ。持つべき者は、太っ腹の親友だ。
「まあ、寮うんぬんに関する情報は、俺が調べておいてやるから、お前はいつでも引っ越せるよう荷造りしておけよ。どっちみち、年内には立ち退きなんだろう」
「うん」
「だったら、取りあえず、速水ンちに居候しておけよ。その方が面倒じゃないぞ」
 島津の『不思議のアリス作戦』は着々と進んでいた。
「そうだな」
 そう呟くと、田口はスカイレストラン『満天』から自分のねぐらへと戻った。

「田口は寮に入る気、満々ですけど、立て替えの可能性を匂わせて、速水の所へ行くようつついておきました」
 島津の極秘報告が、藤原の元に届いた。
「分かりましたわ。寮の件は私から病院長に伝えておきます。田口先生の決心が鈍らないうちに、立て替えをしないとね。その調子で、島津先生。これからもよろしくお願いしますわね」
 藤原は折り返し、高階病院長へ今の件を報告する。これで独身寮の改築はほぼ決定するだろう。事務方は大騒ぎだろうが、一昔前の寮では今の若い医者を呼ぶネタにもならない。いっそ、おしゃれなデザイナーズ・マンション風にすれば、それだけで引っかかる若手医師がいるに違いない。5年間付属病院に勤務するなら、家賃を思いっきり安くして、途中解約するときは違約金を取る。若手をキープするための秘策を、あの狸が考えているのを彼女はとっくに気づいていた。
「どうせ寮は建て替えに最低2年はかかるはず。その間に速水先生が北に行っても、たびたび戻って来るでしょうから…。要するに、田口先生は寮には入れないって事ね。本当に美味しすぎる二人だわ」

 そして、島津は。
「速水。行灯はお前ンちに行く気になっているぞ。そん時は絶対に逃がすなよ。でないと、お前の友人をやめるからな」
と、くそ忙しい速水にPHSした。
 速水の方も、急患の処置をしながら、
「うっせーよ。そんなの分かりきってるだろうが、お前は行灯が逃げないよう後ろを固めろ」
などと答える。周りはこの修羅場に何を速水が言っているのか首を捻る。何のかんの言っても、オレンジはやっぱり速水が必要で、今日も自宅から緊急呼び出しで呼び出されている速水だった。


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    何か収拾が付かなくなっているんですけれど…。いつまで続く、田口獲得大作戦。短く区切って書いていると、前の展開が分からなくなってなってしまう。
平成23年1月12日(水) 作成
平成23年1月16日(日) 掲載
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