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 拍手お礼のSS 04の2  留守番の二人 田口編 


                意外な真実

 田口は桜宮市に戻ると、自宅に戻る前に、まず獣医学部付属病院へありすを迎えに行った。
「こちらが、ありすちゃんです。とっても、お利口でびっくりしました」
 ありすは大人しくスタッフの一人に抱きかかえられて、田口の前に元気な姿を見せた。
「ありがとうございます。それとお世話になりました」
 丁寧なスタッフに、田口も頭を下げた。ありすを受け取って、その手に抱く。久しぶりのありすはほわほわして、白い綿団子のようだった。
「よかったなぁ、ありす。病気もないってさ。これで安心できる」
「ありすちゃんもこれで安心ですね。ここに連れてこられた方にも、よろしくお伝えください。ずいぶん、別れを惜しんでいらしたので…」
「あいつが?」
 田口はスタッフに口から漏れた言葉に首を捻った。速水の普段の様子から、想像もつかない様子に、田口は疑問符を浮かべる。
「ええ。預けられる前に、たくさんありすちゃんに話しかけていらしゃいました」
 ありすの話題など全く上がらなかったので、一人で清々しているんだろうなと思っていた田口。
「…そうなんですか。意外だったな。お前も寂しかったか?」
 田口はありすに尋ねた。ありすはきょとんと田口を見上げて、首を傾げた。
「あいつは寂しがりやなんです。でも、当直や緊急の呼び出しがあるので、家にありすだけを置いておくわけにも行かず…。実はここに預けるのも、ちょっと揉めたんです」
 田口はにっこり笑って、ありすの頭を撫でた。ありすが気持ちよさそうに目をつぶる。
「うちは24時間、大学関係者のペットはいつでも預かりますので、遠慮なく連絡をください。連れて来られない場合は、こちらから預かりにお伺いすることもできます。ただし、その場合は、医学部か獣医学部、理学部などの校舎までに限りますが」
 こんなところに大学関係者の特典があるとは…。田口は感心するやら、驚くやら。もしかしたら、田口が知らない大学特典が他にたくさんあるかもしれない。ちょっと調べてみようか。そう思った田口だった。
「それはありがたいですね。そのときは向かいの付属病院か医学部までお願いします。
 今日は本当にありがとうございました。また、何かのときはお世話になります」
 田口はにっこり笑顔で、預け料を支払って、ありすの入ったバスケットを手にした。

 田口が去った後の動物病院。普段ならあり得ないことなのに、この日ばかりは下世話な話題で盛り上がっていた。
「ねぇ、見た? あの人がオレンジ新棟のカリスマ将軍の恋人よ」
 速水は付属病院だけでなく獣医学部の付属病院でも、有名人だった。まあ、それはある意味仕方がないだろう。何しろ、速水晃一という男は、誰もがふり返るほどいい男なのだ。しかも、ジェネラル・ルージュの伝説付きだ。
「えーっ! じゃあ、やっぱり噂は本当だったの? 速水先生の恋人が男だっていうのは…」
「ねぇ。ジェネラル・ルージュって、すっごくいい男なんでしょう。何でも、付属病院一って聞いたけど本当?」
「私、見たことある。格好いい男って言うより、すっごく綺麗なの。背も高くて、凛としていて、とにかく綺麗。でも、彼氏にするには勇気がいるかも」
「でも、ずっとオレンジ新棟でしょ。もったいないわよねぇ」
「だけど、ありすちゃんがいる限り、きっと会える日が来るわよ。あの溺愛ぶりは半端じゃなかったもの」
 彼女たちも救命救急センターの忙しさは身に染みている。何しろ、獣医学部付属病院にも救命救急センターがあるのだ。こちらは人間対象ではなく、動物が主役だが。患畜がいない日はないと言われるぐらいに忙しい。
「対象は違っても、どっちも救命救急センターでしょ。しかも、東城大学の。だったら、いつか合同で何かできたらいいよね」
 そんな話題で獣医学部付属病院は盛り上がっていた。

 さて、田口は速水が動物病院でいろいろ暴露したとは、まったく知らない。なので、呑気にありすを連れて愚痴外来に向かった。自宅に一度戻って、再度出てこようかとも思ったが、ここまで来たのなら一緒かと思い直して、一仕事片付ける事にした。
 藤原看護師は田口がいないので、今日は休みのはずだった。田口は鍵でドアを開けると、久しぶりに戻った自分の縄張りにほっと肩の力を抜いた。
 ありすはハーネスをつけて部屋の中で散歩させる。もともとおとなしい性格なのか、ありすはお気に入りのマットの上に座っていた。時折、近くにおいてある水を飲む以外は、本当にのんびりまったりしていた。

 そんなありすを片目に、田口は久しぶりに自分の城でゆっくり貯まっていた書類の整理などを始めた。病院長がらみの仕事は毎度、気を遣って疲れる。しかも、相手が厚生労働省となれば、日頃使いまくっている神経をますます酷使する羽目になる。
 高階先生は自分が行けば、もっと効率的に片付けられると分かっているくせに、俺を派遣するって、やっぱりいじめだろうか。
 本気で悩む田口だった。 

 ため息混じりに、貯まった書類を整理していたら、院内PHSが鳴った。誰だろうと相手を確認すれば、オレンジの将軍。
「はい。田口です」
「…行灯。帰っていたのか?」
 嬉しそうな速水の声に、自分も心が浮き立つのを田口は感じていた。
「ああ。ついさっき、ありすも一緒に。一回帰ってから、出てこようかとも思ったけど、目と鼻の先に職場があるなら、ちょっと寄ってから戻ろうって思って…」
「仕事熱心だな。で、ありす、そこにいるのか?」
 俺よりもありすかよ。と、ありすのことを聞く速水に田口は、密かに突っ込みを入れる。どうやら、先ほど獣医学部付属病院で聞いたのは、嘘ではないらしい。
「ああ。だから、今日はここを片付けたら、さっさと退散するよ」
 田口はそう速水に告げる。うさぎを残業につきあわせるわけにはいかないし、家のことも気になる。
「だったら、定時まではありすと一緒に院内にいろよ。迎えに行くから、勝手に帰るなよ」
 そう用件だけを告げると、将軍は田口の返事を聞かずに、PHSを切った。と同時に、救急車のサイレンが聞こえて来た。速水は忙しいから、約束が守れるとは思っていない。それでも、一緒に帰ろうと言ってくれるのが嬉しい。
「ありす。今日は久しぶりに家で遊べるぞ。良かったな」
 ふわふわの頭を撫でて、田口はにっこり笑った。心なしか、ありすも嬉しそうに見えた。 

「田口先生。これが噂のありすちゃんですか?」
 どこからか戻ってきた藤原看護師が、床に敷いたマットの上にいる毛団子を指さして笑った。
「今日はお休みではなかったんですか?」
「ええ。田口先生がいらっしゃらないので、不定愁訴外来はお休みですわ。でも、私にもいろいろと仕事がありますの」
 にっこり笑った藤原に、田口はそうですかと言葉を返した。どんな仕事があるのか。聞くのが怖い。それが田口の本音だ。と゜うせ、病院長の片棒を担いでいるに違いない。
「それにしても、可愛いですね」
「ええ。アメリカン・ファジー・ロップという種類だそうです。垂れた耳とちょっとつぶれ気味の顔が特徴なんだそうです」
「でも、どうしてそんなうさぎが届けられたんでしょうね」
「さあ。発注の間違いじゃないんですか? 兵藤医局長がくじで当てたんで、私には分かりません」
 田口はありすが自分の手元に来た経緯を藤原に説明した。そして、動物実験なんて本当はしないですむのなら、しないに越したことはないと思いますと呟いた。学生時代の嫌な思い出を田口は無理矢理、意識の奥に押し込む。
「だったら、ありすちゃんが田口先生のところに来たのも、運命かもしれませんね。命はすべての生き物に平等です。大切にしないと」
 そう藤原は呟くと、田口の前にコーヒーを置いた。
「そうですね。こんな男所帯に来たのをありすが後悔しないよう、大切にしますよ。意外にも、速水が可愛がってくれるんです。もっとも、愚痴ばかり聞かされるありすにしては迷惑かもしれませんが…」
「まあ」
 速水は田口の私生活を暴露してくれるが、田口は速水の私生活を口にすることはほとんどない。なので、将軍の自宅での様子を、ほとんどの看護師や女医が知りたがっていた。
 藤原は田口が漏らした速水の様子に、いいことを聞いたとこっそり舌を出していた。

 それにしてもこんなに急に家族が増えるとは予想もしていなかった田口だったので、ケージが届くまでの四、五日間、ありすは家を勝手に歩き回っていた。一番のお気に入りはなぜか速水の机の下。しかも、速水の足にぺたっとくっついて寝るのがお気に入りらしく、やたら速水の後をついて歩くようになっていた。
 これには速水も文句も言えず、ありすの好きなようにさせている。

「動物が居るっていいですね。何ていうか。和めるんですよね。あのキラキラ目でじっと眺められると、もうそれだけでぎゅってしたくなるから得ですよね」
 田口はうたた寝をしているありすを眺めつつ、コーヒーを手にふわりと笑った。その脳裏には、動物病院にありすを預ける前夜、速水が真面目な顔をしてありすの写メを撮っていた光景が蘇っていた。

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  あとがき:行灯先生。今回は厚労省に出張だったようです。そして、ありすはあちこちで有名になっています。だって、飼い主が将軍ですから…。
                                                  平成22年12月26日(日) 加筆修正
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