拍手お礼のまとめ 03                                         web拍手 by FC2 本文へジャンプ

 拍手お礼のSS 03   予想しない同居者が突然やって来た   将軍×行灯

「行灯。今、俺の目の前をウサギが走ったように見えたが、気のせいか?」
 速水は夜勤に続く日勤で疲れ果てた頭を全開にして、玄関から大声で尋ねた。
「何? 速水?」
 相変わらず、のんびりした田口の声がリビングから届く。
「いや。ただいま」
 帰宅の挨拶を口に、速水は田口の元へ向かった。今日は夜勤帯からずっと急患続きで、体力に自信がある速水も疲労困憊だった。着替えも面倒くさくて、スーツのまま、リビングの床に座る。ソファに座る座る気力もなかった。さすがに、ごろりとなるのは止めた。寝たら、そのまま爆睡してしまうのが自分でも確信できたからだ。
「行灯。何か飲み物ちょうだい」
 ソファを枕にその辺に居るだろう田口に声をかける。
「今は手が離せないからだめ。どうしても欲しかったら、自分で冷蔵庫を探して」
 あっ、そう。ならいいか。
 そこまで、飲みたかったわけではない。ただ、田口の顔を見たかっただけだから、速水はおとなしく田口が現れるのを待つ。

 ふわっ。

 何かが速水の足に触れた。何だ?と目を向けると、黒くて丸い目が二つ、じっとこちらを見ていた。
「うさぎ?」
 にしては、顔がつぶれ気味で毛が長く、おまけに耳も垂れ下がっている。
「犬?じゃないよな…」
 怪我に関してはエキスパートな速水も、このウサギのような生き物にはお目に掛かったことがない。
「行灯! これ何だ? 俺の足に乗っかっている毛玉の物体」
「ああ」
 田口がベランダから洗濯物を手に戻ってくる。家には乾燥機があるにもかかわらず、田口は靴下だのハンカチだのを天日で干す。日光消毒だと言い張るが…。
「ありす。そいつは速水。いい男だからって、甘やかすなよ」
 堂々と速水の足に座っている生き物を指さして、田口は笑った。
「俺の説明はいいから、これは何だ?」
「う・さ・ぎ。可愛いだろう」
 田口は片手でふわっと小さな体を抱き上げると、速水の目前に連れて行く。もこもこの毛玉は確かに触り心地が良さそうで、そっと速水は指を伸ばした。ぬいぐるみと勘違いするぐらい微動だにしないくせに、この生き物の目だけがきらきらと興味津々で速水を見ていた。
「可愛いけど。何でうちにいるんだ?」
「間違って動物実験センターに納品されたんだって。で、行き場がなくて、引き取り手探しのくじ引きがあって、兵藤が引き当てた」
 それは医学部じゃなくて獣医学部の発注間違いじゃないのか?と思った速水だったが、だったら、医学部でくじ引大会なんてしないと気づく。
「で、なんでうちに?」
 速水の疑問はもっともだ。くじを引いたのが兵藤なら、兵藤が責任持って引き取るべきだろう。
「別に兵藤が悪いんじゃないぞ。各科平等にくじ引きだったんだから…。で、神経内科が責任を持って、里親を捜すことになったわけ。でもさぁ、よーく考えれば、もらい手なんて、隣の救急センターか病院に張り紙をすれば、直ぐに見つかるだろう」
「確かに。さくらもちはこいつらの専門病院だもんな」
 普段扱う相手と勝手が違うため、速水の指も動きも穏やかだ。もっとも、疲れで緩慢になっている可能性も考えられだが…。
「だろっ」
 田口が笑う。
「でもって、お前のことだから、廊下トンビにちょっと預かってくださいとか何とか言いくるめられ…。里親を捜すのが面倒になった。違うか?」
 意味ありげに速水は笑った。
「ちょっと違うけど、そんなもん…かな」
 田口がちょんちょんとふわふわの頭の毛をつつく。
「…で。名前は何?」
「ありす」
「ふーん。不思議の国のアリスかよ」
 ベタすぎる名前に笑ってしまいそうになるが、自分のセンスも大して田口と変わらない。
「他にも、タンポポとか、桜とか。ハナちゃんとか、色々、候補があったんだけど、雪菜ちゃんがありすがいいって言うから」
「雪菜って誰?」
「お前の上の階の住民」
「ああ…」
 オレンジ二階の小児科病棟に入院している小学生だ。悪性リンパ腫と戦っているが、命の保証はできない。が、現実だった。色白のほっそりとした少女だが、中学生になれないだろうと速水は感じていた。退屈な入院生活を、彼女は読書で紛らわせていた。愛読書はファンタジー物。ハリー・ポッターや不思議な国のアリスは、ファンタジー物の王道と言えた。
「で、俺は忙しいから、見てて」
「見るって? 遊べってことか?」
 犬しか飼った経験のない速水は、子どものうさぎの扱いに戸惑う。
「ほっといていいよ。遊んで欲しかったら、自分から寄ってくるから。そんときは撫で撫でをしてあげて」
「どこを撫でるんだよ」
「耳の間と額」
 田口が実演すると、はいっと速水にありすを手渡した。速水は手のひらサイズのありすをじっくりと眺める。ふわふわした毛が綿飴のようで、顔の横にたれた長い耳にも長い毛が生えている。緊張しているのか長いひげがぴくぴく動いていた。
 まあ、可愛い…な。草食獣だし、鳴かないし、もふもふだし。田口が飼いたいって言うなら、仕方ないか。犬みたいに散歩しなくていいし、猫みたいに脱走しないし…。
 ありすの愛らしさに懐柔される速水。床にありすを下ろさないで、いつまでも手に乗せている。
「俺は速水晃一。この家で一番だからな。二番は田口。あいつな。お前を拾ってきた奴。でもって、お前はびりっけだからな」
 真面目な顔で、速水は家族関係を説明する。ありすは分かっているのかいないのか。大きな目で速水をじっと見ていた。
「お前って、今話題のブサカワ?」
 テレビの中では、ブサカワペットで有名になった犬の話題が語られている。
「じゃなければ、新種?」
 なわけないだろう。とは、それを小耳に挟んだ田口の弁。救命センターに運ばれてくる患者以外には、ほとんど人にも物にも執着しないどころか、興味がない速水である。うさぎにも犬のように種類があるなんて、考えたこともないのだろう。
「でもまあ。垂れ耳は可愛いいとは言えないこともないから、安心しろ。このピンピンした毛もラブリーと言えなくもない。顔は…、気にしなくていいぞ。行灯は面食いだが、俺は気にしない」
 洗濯物を取り込んで、せっせと片付ける田口は速水の真剣な語りに、ぷっと吹き出しそうになる。
 なーにを真面目な顔で呟いているのかと思うと、ありすを口説いてる? でなければ、れっきとした親ばかだ。田口はありすが嫌がっているのに離そうとしない速水を見た。
 田口がいないと家に帰りたがらない速水。ただでさえ、ハード極まりない救命救急センターの部長なのだ。休めるときはしっかり休んで、頭も身体もリフレッシュしなければ、続けられない。いや、ミスを起こしかねないのだ。なのに、田口が当直のときの速水は、家に帰らず、極楽病棟に入り浸る有様。仕事とプライベートの区別が付かなくなっている。
 田口は何とか速水を自宅に帰す方法はないかと模索していた。が、いい方法は見つからず。悩んでいたときに、ありすが神経内科やって来た。可愛い〜を連発する看護師や患者の姿を見て、ふと気づいた。
 家に帰らざるおえない状況を作ればいいわけだ。そのためには、生き物の存在が一番だ。犬は散歩が大変。猫は窓から脱走したら、探すのが面倒。同じ理由で鳥もダメ。熱帯魚は二、三日えさをやらなくても死なない。その点、うさぎは…。草食獣だから、野菜くずをあげられる。鳴かないし、大きくないし、えさも手頃だし。しかも、もともと東城大学医学部絡みなので、獣医学部にもごり押しできる。
 一石二鳥じゃないか。それが速水に言えなかったありすを引き取った本当の理由だった。

「今日の食事当番は行灯。だから、俺たちはできるのを待つだけ。あいつ、見た目ぼんやりだけど、けっこう、料理の手際はいいんだ。しかも、年々うまくなっているから、やばい。お前も気をつけろよ。あいつに食べ物で、懐柔されるようになったら、もう終わりだぞ…」
 当直あけ日勤でへろへろのくせに、訳の分からないことだけは一丁前に主張する速水に、田口は呆れる。でも、慣れているので勝手に言ってろである。多分、放っておけば他にもありす相手にぼやくに違いない。そのぼやきを聞きたいと、田口は思ったりする。滅多に、自分の心情を口にしない速水なだけに、ありす相手の愚痴は貴重なのだ。
「前髪長すぎると、目悪くするぞ。ちゃんと止めとけよ。ありすにはリボンが定番だから、あいつに買ってもらえ」
「歯。生えているのか? あーんってしてみろ。これって、乳歯? 生え替わるのか? だったら、大事にしないとな。歯は一生物だから、歯みがきは大事だ」
「指が五本だ。一週間に一日は爪切りの日を作るんだぞ。へーっ、人間と一緒だ。そういや、うさぎの足跡って幸運を呼ぶって聞いたけど、こんなに毛が生えてたら、魚拓じゃなくて、足拓取れないじゃないか」
「このもふもふって役に立ってるのか? 短すぎて見えないけど…。尾骨ってこれか?」
「脇の下ってくすぐったら、こちょばゆい?」
 などなど。よくそこまで、アリス相手に語れるなと、ある意味、田口は感心した。しかも、今の速水は完全プライベート・モードだ。でなければ、うさぎは前髪が(って言うか。前髪ってどこよ?が田口の弁)長いと視力が落ちる? 歯みがき? 爪切りの日? を、真剣にうさぎ相手に話すはずはない。
 滅多に見られない速水の完全プライベート・モード。だが、このときに呼び出しがかかると、ジェネラル・ルージュに戻るのにやたら時間がかかる。
 まあ、そんなことは過去に一度しかなかったので、田口は楽観視しているが…。

「夕食できたぞ」
「サンキュ」
 いつもより早めの夕食の声に、速水はありすを離した。慌てて、自分の家へ走って行くありす。
「あっちも飯か?」
 速水に抱かれ続けて疲れたありすが、さっさと自分の縄張りに逃げるのに気づかない速水。
「手、洗ってこいよ」
 動物を触った後は手洗い。これは常識。ちなみに、獣医学部にはもう一つ、動物を触る前にも手洗い。というのが存在する。要するに、お互いの細菌やウイルスを移しあわないということだ。単純だが、互いを守るためには大切なことである。
「分かった。けど、お前、こいつにかまけて俺をほったらかすなよ」
 真剣な顔で田口に訴える速水。
「速水…。子うさぎに嫉妬するなよ」
 田口が呆れ顔で速水を覗き込む。結構真剣だった速水は、むっとした顔で田口を見返す。
「何だって、ガキは小さいってだけで可愛がられるんだ?」
「仕方ないだろう。可愛いんだから…。でも、お前も、十分可愛いって、俺は思うよ」
「ばーか。俺が可愛いなんて言うお前の目は、どうかしてるんじゃないか?」
 そんな可愛くないことを口にすると、速水が立ち上がって、洗面所へと消えた。
「ありす、見た? 速水が照れてたよ。そんなところが可愛いんだけどな」
 田口は自分のケージでのんびり寝そべるありすに呟いた。

 ありすが「アメリカン・ファジー・ロップ」という品種で、血統書もついている立派なウサギだと、速水が知るのはずっと後のことだった。

  あとがき:ありすちゃん。初登場です。これから、ちょくちょく本編にも出て来るかも知りません。
それにしても、うさぎにすら嫉妬する将軍って。そんなに田口先生糸一筋じゃ、田口先生、愛が重すぎて家出するかも。
掲載:平成22年6月5日(土) 拍手お礼に加筆

inserted by FC2 system