拍手お礼のまとめ 04              web拍手 by FC2 本文へジャンプ

 拍手お礼のSS 04の1       お留守番 1   速水編


 普段の出勤定時より早くオレンジ新棟にやって来た東城大学医学部付属病院救命救急センター部長、速水晃一。
その烈碗は右に出るものはなし。救命救急医としての現場での評価も高い。その外見も鑑賞に値し、隠れファンは病院内外にあふれている…。バレンタインデーには段ボールで詰められたチョコが届き、ハロウィンでは全く関係ない診療科の女性看護師や女医などがオレンジ二階に殺到する。(速水自身はハロウィンには全く興味ないのだが、最愛の恋人に頼まれて毎年、小児科病棟の仮装に駆り出されている)
 だが、病院関係者からはその傍若無人ぶりから、『オレンジの将軍』などと呼ばれている。

 その速水が手にしているのは、可愛い花柄のバスケット。しかも、結構大きい。
「おはようございます、部長」
 夜勤の看護師が、速水に朝の挨拶をする。
「ああ。おはよう。佐藤ちゃん、いる?」
「はい。ICUの方に」
「じゃあ。戻ってきたら、部長室に来るよう伝言よろしく」
「分かりました」
 夜勤明けで疲れているだろうに、彼女はてきぱきとした返事をする。さすがに毎日が戦場のICUに勤務しているだけのことはある。
 速水は部長室のドアを開けると、いつものようにロッカーの前で術衣に着替えると、白衣を上から引っかけた。
 それから、重厚な机の前に座って、溜まった書類を眺め始める。
「ったく、行灯のやつ。東京出張だと? しかも、厚生労働省のあほに呼ばれてなんて、全く腹立つ…」
 速水はぶつぶつぼやきながら、自分宛の郵便物を開封していく。机の上には花柄のバスケットを乗せたままに。
「速水部長。佐藤ですが…」
 軽いノックの音と共に、「オレンジの常識」と言われる副部長代理の佐藤が顔を出した。
「ああ。佐藤ちゃん。昨日はどうだった?」
「はい。夕べは…」
 いつもの報告を、いつものように報告する佐藤。
「まっ。いいか」
 これも通常の評価。だが、佐藤は長年のつきあいで、速水に僅かな違和感を感じた。
「あの、速水先生。そのバスケットは?」
 佐藤は速水が絶対手にしない物体の存在に気がついた。しかも、花柄。速水の弁当にしては派手すぎる。
「ああ。これは獣医学部の付属病院に預ける」
「何ですか? 犬?猫?」
 佐藤は興味深げにバスケットをのぞき込んだ。
「うさぎだ。田口のにやつがくじ引きで当てきたんだ。で、本人は三日ほど出張だから獣医学部の付属病院預ける手配をして行った」
  速水に世話を頼まないところに、田口の速水に対する評価は正しいと佐藤は思う。
 最も、速水は田口に頼まれれば、犬だろうと猫だろうと牛だろうと面倒見るだろうに…。佐藤は速水と田口の関係を振り返って首を捻った。
「病気なんですか?」
「さあな。俺には動物の体調など分かるはずないだろう。でも、こいつは普通にえさを食って、ふんをして、家を走り回っている」
 それは“元気”って言うのでは?と佐藤は思ったが、口には出さない。
「大変ですね」
「まったくだ」
 速水も同意する。
「そんなわけなんで、今から獣医学部の付属病院に行ってくる」
そう佐藤に告げた速水は、おもむろにバスケットを持ち上げた。その瞬間、中から茶色い丸いものが顔を出した。
「速水先生。それ…」
「ああ。何とかという種類のうさぎらしい。耳が垂れているから…」
 佐藤は初めて目にした速水家のペットの愛らしさに目を見張った。

 速水は獣医学部の付属病院へありすを連れて行く。付属病院同志が道を挟んで向かい合わせに立っているのは色々な意味で間違う人が多いので、市民からは苦情が寄せられていると聞くが…。速水にとっては都合が良かった。
「速水ありすちゃんですね」
 付属病院の受付で名前をチェックされたあと、プリントを渡される。名前・年齢・生年月日・住所…などなど、人間と同じような質問事項が並んでいた。
「うーん。よく分からん…」
 日頃、田口にプライベートは任せっきりの速水。自分のこともいまいち分かっていない。ありすに至っては…である。分かるところだけ記入して渡すと、
「トイレはできますか? 干し草は食べていますか? 性格は?」
など、次々に質問された。
 飼い主が人間の救命救急センター部長だというのが、いたく珍しかったのか。やたらと質問される。最初は何とか答えていた速水だが、ついに、
「いや。ありすは俺のうさぎじゃなくて恋人のだ。でもって、俺は当直やコールで呼び出されると、そのまま帰れないから、俺より預けた方が安心だと言われて…」
と暴露。
「そうですよね。うちも大変ですが、医学部付属病院救命救急センターはもっと大変ですよね」
 対象は違っても、同じ救命救急センター。根本は同じなのだろう。その大変さはお互いに補ってあまりある。
「うーん。でも、うちは患者に言葉が通じるだけましかな? 考えてみると…」
 速水は待合室で大切そうに犬や猫を抱き、不安そうにしている人を見て思った。痛いと言えない動物はこちらが気をつけないと辛い思いをさせてしまう。子どもの熱が下がらないと真夜中に来る母親より、もしかしたら、彼らの方が切実な思いを抱いて来ているのではないか。
「確かにそうかもしれません。でも、動物たちは生きようといつも真っ直ぐに病気やけがと戦うので、やりがいはあります」
「…そうか。そうだよな」
 言葉が通じなくても、『生きよう』という意欲があるだけで医者は自己犠牲をしてでも、助けたいと思う。
 どっちがやりがいがあるんだろう。一緒か…。どちらの命も大切だ。命に重い軽いなんてない。
「俺は忙しくて、あんまり世話をしていないから、代わりにこのノートを渡すように頼まれた」
 速水は田口に持たされたノートを動物看護師に渡す。『ありすのお泊まりノート』と書かれたそれは、えさの種類から、与え方、おやつの種類や打ってある店なども詳しく書かれている。しかも、写真まで載せて、説明がしてある。
「これは凄いですね。これだけ丁寧に書かれていると、こちらもありがたいです」
「まあ。俺の生活能力を信じていないから、こうしてノートを作っているって言っていたけどな」
 速水はシニカルに笑った。
「でも、大切にされているんですね」
 女性スタッフがありすを抱き上げる。速水は田口が用意したえさとおやつや、ありすお気に入りのわらのおもちゃなどが入ったカゴを渡す。
「え?」
「いろいろな動物を預かりますが、ここまで、可愛いバスケットやカゴに入って来たうさぎさんはあんまりいないので…」
「何で?」
「犬や猫はそれなりに高価ですから、着飾らせたりして、楽しむ方も多いんですが。うさぎはそこまで高価じゃありませんし、犬ほど懐きませんし…。飼う動機も鳴かないからとか、散歩させなくていいから…などが多い傾向にあります。でも、ペットを飼うのはその動物が好きだからが、一番大切なことだと思います。でないと、飼ってみて、こんなはずじゃなかったという理由で虐待したり、捨てたり…」
 動物にも虐待があるのを聞いた速水は、やるせない思いでありすを見た。
「ありすも本当なら、動物実験に使われるはずだった。けれど、発注違いのせいで生き残れた。それを偶然、行灯が引き取った…。そうして助かった命を、俺は愛おしいと思う。興味がない人間から見れば、ありすはただのうさぎでしかない。だが、俺にとっては、この世にたった一つしかないありすだ。同じうさぎはこの世のどこにも存在しない。
 だから、愛おしい。こいつが考えていることは俺には分からない。だから、環境だけは整えてやろうと思う。それが俺ができることだろうから…」
 ありすが何を考えているのか速水には分からない。だが、自分をじっと見つめる黒い目が何を言いたいのか。いつも考える。
「ありす。ちょっとだけ我慢だ。寂しいのはお前だけじゃないんだぞ。俺だって、行灯が居ないのは辛いんだからな。あいつが帰ってきたら、すぐに迎えに来る」
 速水はありすに真剣に話す。ありすの垂れ耳がぴくりと動いて、速水をじっと見る。
「だから、寂しいのはお互い様だろう。文句は厚生労働省に言うんだ。俺もお前も被害者なんだからな。それと行灯にも言わないとな。
 勝手に出張に行くなってな。家族が餓え死にするぞって」
 速水の愚痴は続く。田口が知ったら、一騒動起こるだろうことも平気で口にする。それでいて、ありすを見る目は限りなく優しい。
 一人でいるのは辛い。でも、ありすが来てから、速水はありすに愚痴って何とか田口不在の寂しさを紛らわせていた。それがありすまでいないとなると。
「行灯が戻るまで、オレンジにいるか…」
 ありすの頭を撫でながら、速水は呟いた。

 その姿を見た獣医学部のスタッフは、絶対にこの人の恋人をみたいと思った。オレンジ新棟の救命救急センター部長の噂は、ここまで時々届く。その彼がこれほど執着する恋人とはどんな人物なのか。
 また、田口は自分が知らないところで、速水に翻弄される目に遭うのだった。

                  Copyright©2010 Luna,All Rights Reserved
 ありすちゃん。何のかんの言っても、ジェネラルに可愛がってもらっています。
そして、グッチー先生は自分がだんだん有名人になっていくのに、気づいていません。頑張れ!グッチー。
平成22年6月26日(土) 拍手お礼ssを加筆修正して、掲載。
inserted by FC2 system