拍手お礼のまとめ 02                                          web拍手 by FC2 本文へジャンプ

 拍手お礼のSS   将軍×行灯 02

                      迷子はどっち?

 動物愛護週間に東城大学獣医学部が構内で大規模なイベントを開催した。一週間にわたる様々なイベントは世間では有名らしく、桜宮市民どころか他県からも大勢見物客がやって来るという学園祭なみの行事である。

 当然、人がたくさんなだけに、迷子は当たり前、けがや病人なども出てくる。
 だが、そこは東城大学。救護所も本格的で、なぜか動物の医学を専門としている獣医学部のために、人間担当の医学部が全面協力させられている。(している訳ではない。させられているのだ。学長命令で…)

 しかも、イベント会場はなぜか医学部の広場ときている。(というのも、獣医学部の校舎は桜宮市にあるが、動物たちが居住する飼育舎などは少し離れた山奥にある。しかも、医学部には動物実験センターという動物がいっぱいいる施設がある)

「田口先生。迷子です」
 ショートカットの案内係の腕章をつけた女子学生が、小学校低学年ぐらいの男の子を連れてきた。
「名前は? 誰と来たの?」
 子どもに視線を合わせるため、地面に膝をついた田口に、泣き出すのをぐっとこらえたような丸い目がまっすぐ向いた。
「しがきたいき」
 蚊の鳴くような小さな声が聞こえた。
「たいき君か。怖かったね。一人で寂しかっただろう。もう大丈夫だからね。おじさんと一緒に、これから家族を捜そう」
「うん」
 小さな頭がしっかり頷いた。
 田口がそっと手を差し出すと、少年はちょっと戸惑うように田口を見上げた。田口が大丈夫と笑いかけると、おずおずと小さな手が田口の手に重なった。手をつないだまま、田口は迷子受付担当の場所に向かう。
 これから、場内放送を掛けて、子どもの保護者が迎えに来るのを待つことになる。
 手早く手続きを行った後、田口と少年は待合所へ向かった。医学部の校舎を一階を歩くと、『迷子預かり場所』と表示されたドアがあった。
 ゆっくりドアを開ける。ワンッ!突然、との声がした。反射的に田口はドアを閉めた。
 今、犬の鳴き声がしたよな。何で? 張り紙を再度確かめる。
『迷子預かり場所』。間違いない。
 再度、田口はゆっくりドアを開けた。
 ワンッ! また、犬の声。びくっとして、たいきが田口にしがみついた。
「なにやってんだ? 行灯、入って来いよ」
 もう一度、ドアを閉めようとしたら、中から聞き慣れた声。低くていい声の持ち主が誰なのか。田口はよーく知っていた。
「何で犬が居るんだ?」
 半開きにしたドアの中を覗いて、田口は声の主に尋ねた。
「犬も迷子なんだと」
 長いリードを握って横柄にパイプ椅子に座っているのは、こんなところに居るはずのない男だった。しかも、なぜか手術着の上に無造作に白衣を羽織っている。
 何で速水がこんなところにいるんだ? 暇しているから獣医学部にかり出された? それとも、速水が実はとっても動物好きで、仕事をさぼって遊びに来ていたとか? それとも、名前は同じ救命救急センターがらみで招待されて、そのまま、暇してるとか?
 田口は相変わらず端正な顔をした医学部付属病院の救命救急センターのトップ、オレンジの将軍と呼ばれる速水晃一をしげしげと見つめた。。
「で? お前も迷子?」
 速水がにやにやしながら、田口を見た。
「え?」
 田口はぽかんと口を開けた。
「速水の方こそ、迷子?」
 今度は速水がぽかんとする番だった。
「あほか。お前じゃあるまいし。俺は迷子ならぬ、迷い犬の担当にさせられた」
「なんで?」
 田口の疑問も当然。オレンジの将軍がそんなことで、自分の職場を離れるなど考えられなかった。それも犬が大けがを負ったというのなら、あり得るもしれないが、速水のリードにつながれた犬は至って元気…に見える。田口は訳が分からず、首を捻った。
「行灯。ここの先にあるのは、何だ?」
「オレンジ…だな」
 良くできましたと、速水が頷くのを微妙な目で田口は見た。
「でもって、オレンジのドアは?」
「自動だな…」
 何となく分かった。どうやら、迷い犬は誰かに付いてオレンジのドアをくぐり、犬には関係ない人間の救命救急センターに迷い込んだらしい。
 どんな騒ぎが起こったのか。田口にも想像できる。
「それは大変だったな。言葉が通じない分、お前の方が苦労しただろう」
 たいきとよく似た大きな目をくりくりさせているゴールデン・レトリバーが、田口に近づいてくる。人なつこくて、おとなしい子のようだ。どうしたの?と尋ねられているように、田口には見えた。
「まあな。でも、文句も言わないから結構楽だぞ」
「君と一緒だよ。家族とはぐれちゃったんだ。でも、きっとお父さんやお母さんは探してくれているから、会えるまで、しばらく我慢だね」
 田口が優しい声でゆっくり声を掛けると、犬はゆっくりふさふさの尾を振る。
「いい子だね」
 田口はそっとレトリバーの頭を撫でた。ちょっとだけ、しっぽの振りが大きくなる。嬉しいのだろう。

「お前、相変わらずだな」
 速水のしみじみとした声が心にしみる。
「こっに来て、一緒に留守番しようぜ」
 速水が田口を手招く。
 田口は幾分仕事モードが解除されつつある速水にほっとしながら、たいきと共に用意してあるパイプ椅子に座った。
「なあ。こんなところで会うなんて、運命を感じないか?」
「感じない。っていうか、朝、会ったばかりだろう」
 田口的には意味不明の速水のテンションに、とてもじゃないがついて行けない。
「朝は朝。それにしても、お前が迷子係って言うのは予想通りだな。だが、俺が迷子犬の世話をしているのが運命の悪戯だと思わないか?」
「どうせ、呼び出しが掛かったら、俺にその犬も押しつけられるって、喜んでいるくせに…」
 子どもだけでなく、犬までも面倒見ろってか? 田口は自分の運の悪さに、神を呪いたくなる。よりによって、速水と会うなんて最悪。が、田口の本音。
「まさか。今の俺はオレンジから脱走中。なので、PHSも部長室に置いたまま」
「何考えてるんだ?」
「なーにも考えてないけどな」
 悪びれる意図もない速水の言葉。

 速水が自分の隣の椅子を示す。田口はたいきに、犬は大丈夫?と聞いた。うん。先ほどよりしっかり少年が首を下に振ったのを見て、じゃあと速水の隣に腰を下ろした。
 迷い犬がすかさず二人に近づく。好奇心にあふれた茶色の目が、何?何?と訴えていた。
「大丈夫だよ」
 田口が優しく答えると、レトリバーがそうなの?と首をかしげる。たいきも心配そうに田口にくっついている。どうやら、一人と一匹の敵は速水のようだ。
「お前ら見た目親子だな」
 速水が笑う。
「はぁ?」
 田口は速水を凝視した。
 誰と誰が親子? たぶん、自分とたいきだと思うが、この男の脳内は時として壊れているので断言できないのが辛いところだ。
「言わねーよ。言ったらお前、怒るからな」
 確信犯の速水に、田口はやっぱりと思う。オレンジを離れた将軍の脳はかなり妄想の世界を漂っているらしい。
「お前。オレンジに帰れ。その迷い犬も俺が見ておくから」
「い・や・だ。せっかくお前と会えたのに追い出すのか。お前が居ない家に帰っても寂しいから嫌だ。しかも、今日は夜勤明けで休み。そして、これはさっきまで緊急オペにかり出されていたから」
「わかった。勝手にしろ」
 ごね始めた速水の相手は結構大変。わがまま将軍はどこででも健在なのだ。
「嫌だねぇ。いい年したおじさんのわがままは、君たちはあんな大人になったらだめだよ」
 田口はたいきと、その前できちんとお座りをしているゴールデン・レトリバーに話しかける。
「うん」
 おもしろそうに速水を見たたいきが、小さな声で返事する。レトリバーも分かったのかしっぽを左右にふりふりする。ふたり?を味方につけた田口は、意味ありげに速水を見た。そして、小声で、実はねと東城大学の都市伝説を話し始めた。
「絶対に内緒だよ」
 子どもが大好きな台詞を田口が口にすると、たいきの目がきらきらと輝き始める。
 それを横目に速水は、こいつは学生時代から年寄りと子どもにはやたらもてるんだったと思い出した。さらに、犬にももてるらしい。
「田口。なに二人でこそこそしているんだよ。俺だけのけ者にするな」
 のけ者にしているつもりは田口にはない。だが、速水は田口から構ってもらえないことに苛々が募る。
「速水…」
 呆れた顔で自分を見る田口。それをすんなりスルーできるだけの余裕が、夜勤明け・激務・眠いの速水にはなかった。勤務中だったら、ここまで頭に来ることはなかっただろうが、小さいというだけで田口に構ってもらえる一人と一匹に、速水の我慢はあっけなく崩壊した。

 ちゅっ。少年と犬の前で、速水は田口にキスした。固まったのは田口とたいきの二人。
「小さいのと動物っていうだけで、行灯に構ってもらえるなんて、お前らずるい。俺もかまって行灯…」
 田口に反論させる時間を与えず、抱きついて甘える速水。相変わらずの独占欲に、田口は呆れるしかない。
「お前、大人げなさすぎる」
 今更、慌ててもキスされた事実は消えないので、静かに田口は怒りのボルテージを上げ始める。
「こんなので大人になりたくなんかない。行灯は昔からずっと俺のもので、これからも俺だけのなんだからな」
 しかし、自分にしがみついて甘え声で独占欲を訴える速水は、その端整な外見もあって田口をどきどきとさせる。
「わっがまま…」
 しがみついた長身の速水にため息を漏らしつつも、田口は速水を振りほどけない。速水が子どもといえど、人前で甘えるには原因があるに違いない。たぶん…。予想できた田口は怒りのボルテージを徐々に下げた。
 それにしても、正面に速水をしがみつかせ、右隣にはたいき、その間から、レトリバーの顔という体勢はかなり辛い。
「たーぐち。愛してるーっ」
 たいきと犬の存在を無視する速水は、ますます甘えモードに拍車が掛かる。
「ちょっ、速水。この体勢、苦しいから、床に座らせてくれないか」
 そして、温厚と言われる田口の我慢も限界に至る。
「お前が俺から離れないなら、いいけど」
 はーやーみー、歳いくつ?と本気で聞きたくなる田口。隣にいるたいき君、五歳と同じ?と言いたくなる。
「速水、ちゃんと抱っこしてやるから、ちょっと手を緩めて」
 五歳児に諭すような口調で速水に告げると。
「わかった」
 あっさり、速水の手が緩む。こいつ、五歳児だ。……気分は保父さんになった田口は、パイプ椅子から降りると、床に座った。
「たいき君は椅子でいい? だったら、速水はこっちでいいよな。で、わんちゃんはこっちな」
 自分にくっつきたがる二人と一匹をうまく配置した田口は、一番邪魔な速水をごろりと自分の膝に転がした。抵抗せず、嬉しそうにされるがままの速水に、こいつの中身は五歳児と、田口は頭の中で何度も唱える。
「田口の膝枕…」
 うっとり速水が囁く。目を開けた速水が漆黒の瞳で、田口を見つめる。そこに宿るのは熱い光。映るのは田口だけ。映したいのは田口だけ。そんな壮絶な流し目を田口に向けるオレンジの将軍。遠慮なく色気を垂れ流す。
「速水、少し黙っていろ。何か、お前がしゃべるとエッチな気がしてくる」
 言うだけ無駄だと思っても、田口は言わずにいられない。
「お前、もしかして欲求不満?」
 自分が色気を垂れ流しているくせに、田口に責任を転嫁しようとする速水に、
「あほっ」
と呆れて相手をする気も失せる。
「うーん。癒される…」
 そんな速水は田口に抱きついたまま、離れようとしない。仕方なく、田口は速水の好きにさせることにして、たいきに途中で中断した『都市伝説』を話し始めた。
「実はこの東城大学の……」

 たいきがあくびをこぼす頃、速水は田口にしがみついたまま、爆睡していた。オレンジの将軍のこんな姿こそが、桜宮市の都市伝説なのだと田口はまだ気づいていなかった…。

 そして、たいきの保護者が行方が分からなくなった息子の居場所を見つけ、ようやく迎えに来たとき、人々は床に座って苦笑する田口を前に絶句した。
 田口は白衣を纏った大柄だがたいそう端整な男にしがみつかれていた。そして、右側にはたいきが、左側には大型のゴールデン・レトリバーがくっついていた。
「お見苦しくてすみません。これは気にしなくていいので…」
 と言われても、気にしないではいられないのが人情で、自分たちに注がれる視線の痛さに、田口は、
「いや、本当に。単に夜勤明けで疲れているだけで、こいつは野生児なのでどこでも寝られるから…」
と言い訳を並べた。そんな田口の窮状を察したのか、たいきの両親を連れてきた獣医学部の学生は二人を彼らの息子の方に誘導した。しかし、彼らの視線は興味津々にちらちらと速水に向けられる。
「ありがとうございました」
 父親が田口に頭を下げながら、礼を言った。
「う…ん?」
 声に反応したらしい速水が寝返りを打った。その時、彼の首に掛かっていたネームプレートが落ち、人々の前に晒された。
“東城大学医学部付属病院救命救急センター、部長。速水晃一”
ははは…。田口は笑ってごまかそうとした。こんなのが、東城大医学部付属病院の救命救急センターのトップだと思われたら、やばいだろう。だったら、起こせば、この場はしのげると言われそうだが、仕事モードが解除された速水は何をしでかすか分からない。田口的には逆に怖い。なので、この場は寝かせておいたが、無難だった。
 速水が起きるのが早いか。ゴールデン・レトリバーの飼い主が見つかるのが早いか。たいきの両親の視線の痛みをひしひこしと感じつつ、田口はこっが迷子になった気分だと、すやすや眠る一人と一匹に向かって、深い深いため息を吐いた。 

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  あとがき:行灯先生。いつもいつも厄介ごとに巻き込まれて大変です。東城大学伝説のワイルド・スペクトル・コンビは、相変わらず健在のようです。それにしても、行灯先生がもてるのは子どもと動物とお年寄り。適齢期の女性には全くもてないのでしょうか? みんな見る目がないのね。でも、その裏で行灯先生に近づこうとする女性を片っ端から退治していたのは、実は将軍だったりして…。うーん、うちの将軍ならやりそうかも。 平成22年4月22日(木) 一部改訂。
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