拍手お礼のまとめ  01                          web拍手 by FC2                                    

 拍手お礼のSS   将軍×行灯 01


                  胡蝶蘭から想像するものは?


 珍しく速水が定時から幾分遅れて帰宅した。家庭より仕事優先の速水は、救急車の音がするとそのまま何時間でも帰ってこないことも珍しくない。
 なのに、今日に限って『帰るコール』が早々に田口の元に掛かってきて、田口は慌てて、帰宅する羽目になった。
「それどうしたんだ?」
 田口は夕食にと作っていたさつま汁を混ぜていたお玉を手に、不思議そうな目をダイニングに入って来た速水へ向けた。今晩のメニューは、さつま汁に春菊のおひたしに、豚肉のショウガ焼き。デザートはさっぱりした抹茶の蜂蜜わり。
「あ? もらった。以前、助けた患者の家族から」
「にしても、豪華だな」
「ああ」
 速水が両手に抱えていたのは、豪華な胡蝶蘭の鉢だった。白ではなく淡いピンクの大きな花が、一つの茎に十はくだらないほど咲いていた。それが五本もあるのだ。速水の腕にすら重そうだった。
「オレンジに飾れば良かっただろうに」
「まあな。でも、オレンジには真っ白のこれと同じものをもらったから、こっちはお前に」
 いったいいくらするのだろう。下世話な思いで、田口は鉢をのぞき込んだ。
「これって胡蝶蘭だろう。ものすごく高価じゃないのか? よくは知らないけれど、これほど立派のは病院長室でも見たことがない気がする」
「だろうな。俺も初めて目にする豪華さだ」
 難なく速水は言い切ると、鉢を置いてくると言って、いったんリビングへ向かった。棚の上にでも置いてきたのか。手ぶらで戻ると、速水はスーツのまま、ダイニングのいすに座った。
「駐車場からここまで重くて、腕が抜けるかと思った。それより、今日のメニューは何だ?」
 腕を回しながら、首を左右に曲げる速水に、田口はあれぐらいで重いって? 冗談だろう。毎日、意識のない患者を何人もストレッチャーからベットに難なく動かしているくせに、と思う。数人で持つにしても、大人ひとりがそう軽いはずはない。その証拠に、速水はその気になれば田口を両手で担ぎ上げる。
「ところで、ただいまの挨拶より食い気が先か?」
 行儀がなっていない速水に、田口はしっかりチェックを入れる。
「仕方ないだろ? いい匂いが食欲をそそるんだから、忙しくて昼をとる時間がなかったし…」
 着替えもそこそこに速水は空腹を訴える。しかも、熱い視線は田口ではなく、鍋とお玉に集中している。
 お預けをする犬のようだと、田口は速水の態度に苦笑する。どんなにいい男も、食い気には勝てないらしい。
「わかったよ。メニューは見ての楽しみな」
「じゃあ、着替えて来る」
 オレンジ新棟の将軍は職場では絶対に見せない少年のような笑顔で、速水はそそくさと田口の前から消えた。
 それを片目に、田口は少し多めに肉を焼こうかと考える。自分と違って、体力勝負の速水である。今日はあまりカロリーに関しては考えないことにする。胡蝶蘭の件がなければ、速水の帰りは遅くなったかもしない。
 運が悪ければ、夕食もなしになる。そして、糖分を補うために、激務の間にチュッパチャップスを銜えるのだろう。

「たーぐち、ただいま♥」
 チュッ。ご飯をよそっていた田口に後ろから抱きついて、速水がキスする。
「おかえり」
 チュッ。実は速水家では「いってらっしゃい」と「おかえり」のキスは常識である。いついかなる場合でも、これだけは決して手抜きはなかった。たとえ、田口の実家でも速水の実家でも、誰が見ていようが、ちゅっ♥は交わされる。
 オレンジ新棟の『ジェネラル・ルージュ』と呼ばれる速水だが、プライベートでは手の掛かる甘えたがり屋である。今日の活力の元などと言いながら、帰宅したら田口べったりの速水。本当にべったりくっついているのだから、プライベートで田口を訪ねて来た島津なんぞは、「熱っ、熱っ、しっしっ」と手で速水を追いやる始末。もちろん、そんなのは無視して速水は田口にべったりである。
「速水、悪いけど、食器、運んでもらってもいいか?」
「ああ」
 いそいそと速水が食器を運ぶのを横目に、田口はおかずを盛りつける。その端整な外見からは想像できないかもしれないが、速水は実に家庭的な男だった。その点では田口はいい相手を捕まえたと言える。

「なあ。俺がどうしてあの花を持って帰ったか。訳を知りたい?」
 田口作成の夕食をおいしそうに口に運びつつ、速水がにやっと笑った。
「??」
 意味が分からず、田口は首をひねる。しかし、直ぐにどうでもいい理由だろうと思い直す。それぐらい簡単に予想できるぐらい二人のつきあいは長い。
「どうせ、くだらない理由だろう」
 別にどうでもいい。田口はにべもなく速水をスルーする。
「う~ん。そうかも」
 速水はちょっと考えるようにしながら呟いた。一瞬、箸の動きが止まる。
「で、理由は何?」
 田口は改めて速水に尋ねた。聞いて欲しいことがあるから、先ほどの発言がある。そんな子どもじみた恋人が可愛くて、田口はいったんスルーした話題を蒸し返した。
 うーん。しばらく、速水は黙っていた。たいして興味がない田口に言おうか、言わないか。迷っているようだが、豚肉を一切れ口に入れると、真っ直ぐ田口を見た。
「なんか、あのピンクの花びらがときどきお前の尻に見えて、不埒な気分になるわけ。すべすべで、きれいで、触るとしっとりしていて…。救急車が来るのに、それはやばいだろう。っていうので、持って帰ってきた。家ならどれだけエッチな想像しても影響はないからな」
「はあ?」
 田口は箸を止めて、速水を見た。その目は、速水って馬鹿?と書いてある。
「だって、エッチくないか? あの花びら、よーく見てみろよ。おしりに見えないこともないだろう?」
「…」
 田口は速水を無視して、ひたすら箸を進める。真剣な目をして何を言っているんだ、この馬鹿は。が、田口のコメントだった。しかも、それを今話題にするか?である。
「お前の脳みそ。老化し始めていないか? 今度、うちのぼけ外来を受診しろ」
 冷たい声と視線で速水を睨む田口。
「…」
 速水はいつにない田口の不機嫌さに、しまったと気づいたのだろう。静かに黙って箸を動かした。そして、時折、ちらっと意味ありげに視線を田口へと向ける。
 鬱陶しい。はっきり言って、鬱陶しすぎる。
 田口は自分の機嫌を伺うような速水の視線に、こいつはどうして自分の前では、KYなんだろうと内心でため息をつく。別に自分の前でも、ジェネラルでいて欲しいとは言わない。他人には見せない速水の姿が見られるのは、恋人としてとっても嬉しい。
 でも…。
 たまには格好いいジェネラルな速水を見たいとも思う。仕事モードの速水がどれほどかっこいいか。嫌って言うほど、田口の耳にも聞こえてくる。でも、それを田口は見た記憶がなかった。あの兵藤だって見たことがあるのに。
 自分だって、速水の『将軍』を見たい。かといって、あの血が飛ぶ修羅場なオレンジには行きたくない。いや、行ったら、即倒れて別の意味で速水に迷惑をかける。
 でも、見たい。
「だって、お前。最近、忙しいって、遊んでくれないし…」
 拗ねたように、媚びたような目で速水が田口に訴えた。
「何だそれ…」
 確かに例のごとく腹黒病院長の指令のもと、雑用に追われていたが。その影響がこんなところに出てくるとは、想像もしなかった田口だった。忙しかったが、速水を放置していたつもりは全くなかった。のが、田口の言い分だが、速水自身がそう思っていなかったなら、それは言い訳にもならない。
 速水は昔から、一度ごねると手がかかるんだよなぁ。かと言って、放っておくと甘えたに手が付けられなくなるし、どうしよっか。
 田口は仕方なく自分から折れることにする。
「実際、いろいろ忙しかったのは、お前だって知っているだろう」
「なあな。けど、俺をほったらかすなよ。浮気はしないけど、お前を院内のどっかに連れ込んで犯すぐらいはするかもしれない。だから、いい加減、高階さんの命令でも俺を構って♥」
「俺だって、そう思うよ。でも、敵の作戦は毎回用意周到で、素直な俺にはとても太刀打ちできない。分かっているなら、お前の方こそ、裏で手を打ってくれよ」
 狸と地雷原のコンビでこられては、田口に勝ち目はない。無駄な抵抗を続けても、結局は逃れられないのだから、早々に妥協したがいい。
 田口なりに学習した結果である。
「行灯の過労は俺の精神衛生上よろしくないから、努力はしてみる。だから、何でも俺に連絡しろよ。いいな」
 真剣な速水に、田口はずいぶん彼を放置していたんだと改めて反省する。どうやら、田口の孤独感と速水の孤独感にはずれがあるらしい。
「わかった」
 速水は高階の所属していた外科に卒業後直ぐ研修医として入局している。もしかしたら、その辺で自分より強気に出られるかもしれない。
 ささやかすぎる、しかも、他力本願に田口はこっそり期待することにした。もともと、速水に自分を救ってもらおうとは考えていないので、駄目もと。
「ところで、お前、明日は昼からだろう? だったら、弁当を作ってやる」
「えっ?」
「だ~か~ら~、弁当を作ってやるって言ったの」
「まじ?」
 速水の動きが止まる。
 いや。だからって、そんなに驚かなくても…。せっかくのいい男が台無しだ。ぽかんと口を開けて、放心状態の速水に田口はかえって自分が恥ずかしくなる。まともに食事が取れない速水のことを考えてだったのだが。
「そんなに驚くことか?」
「だって…」
 速水がぼそぼそと口の中で何か呟くが、田口には聞き取れない。
「なに? 聞こえない」
「……、嬉しすぎて涙が出る」
 速水の声が詰まっていた。
「…」
 泣く?速水が? 弁当で?
 つられて、田口も思わず顔を伏せた。言った方も恥ずかしいだろうが、言われた方も恥ずかしすぎる。しかも、お互い照れているのが、いい歳扱いた中年で、しかも、付き合って20年以上になるのに。
「恥ずかしい…奴。たーだし、リクエストは受け付けない。理由は、そんなに俺の料理の腕がうまくないから」
 恥ずかしさをごまかすため、田口はわざとらしく明るく言い切った。
「うん。ごはんに梅干しでもいい」
 速水が絶品の笑顔で、少し潤んで目元を長い指で拭いながら、田口に言う。
「そんな恥ずかしいもの作れるか。ちゃんと、見せられるぐらいのものは作ってやるから」
 速水のことだ。自慢げにオレンジで見せびらかすに違いない。だったら、後々の噂になるとしても恥ずかしくないものにしないと、どんな尾ひれが付くか分からないだけに怖い。
「だって、蓋を開けたら、行灯の愛があふれて涙が出るかもしれない。そんなの食べたら感動して、味なんて分からないだろうから、何でもいい」
 お前誰? 田口は長年連れ添った恋人の砂を吐く台詞に目が点になった。そんなに弁当に感動されるとは、想像もしなかった。
 取りあえず、自分のために買って置いたお弁当レシピが載っている本を、早急に探そうと思った田口だった。

「あの胡蝶蘭。本当はお前みたいだと思ったから、貰ってきた」
「貰ったって?」
「あれは高階さんに届いたんだ。何とかの記念だとかで、それを貰ってきた」
 はあ?の田口。あれは病院長に届いたもの? それを貰ってきた?速水が?
 明日の弁当のおかずを、『簡単! ぶきっちょでも見られるお弁当』と『これでイチコロ。本命彼氏へのお弁当』(これは速水が雑誌から切り取って持って来た奴だ)を参考に作っている手が止まる。
「意味が分からないし、話が見えない」
 見栄えを考えて、適当にチョイスしたメニューだか、結構手間がかかる。これを朝から作っていたら、いったい何時に起きればいいんだ?と首を捻りつつ、田口は卵の入ったボールをかき混ぜる。
「だろうな。とにかく、あれは高階さんに届いたもので、それを俺が貰ってきた。行灯に似ているってだけで」
「お前、実は病院長と仲良しなんだ」
 自分の知らないところで腹黒狸が恋人と結託しているのを知って、田口は面白くない。思わず、弁当作りをやめようかと思うが、それとこれば別。さらに、側で材料を集めたり、切ったりしている速水を見ると続けることにした。
「まあ、お前ほど気に入られてはいないけどな」
 白ご飯と混ぜご飯、どっちがいい?と、速水に尋ねながら、田口はお米を炊飯器にセットする。
 とりあえず、白ご飯でいい。と速水は言いながら、のりを専用のパンチで切り抜いている。キティちゃんやらディズニーのキャラクターが切り抜ける優れものだ。ときどき、オレンジ二階の子どもたちにお土産で持って行くとたいそう喜ばれるので、暇な時に田口はパンチしていたりする。
 他にもいろいろな切り抜きの型がそろっているのは、速水がおもしろがって買って来た結果だったりする。チャーハンに動物の切り抜きを乗せると、物語の影絵のようになるし。花の切り抜きは、お吸い物に浮かべると水墨画のようになる…。速水家では頻回に出番がある。
「あの花、俺がたまたま高階さんに呼ばれて院長室にいたとき、真っ白のと対で届いたんだ。凛として、綺麗で、何ものにも汚されないような美しさが、お前に似ていて、じっと眺めていたら。高階さんが言ったんだ。
 田口先生のようですねと。俺は思わず頷いていた。それを見た高階さんは、意味ありげに笑うと、二鉢とも俺にくれると言ったんだ。
 もちろん、こんなの貰ういわれはないし、貰えない。俺が断ると、あの狸はこう言ったんだ。
“日頃、田口先生をこき使わせていただいているので、そのささやかなお礼です。”
 あの人は分かってやっている確信犯だ。だから、遠慮なく貰ってきた。で、一つはオレンジに飾ることにした。何かお前がそこで見ていてくれるような気がして」
 似たもの同士というのか。外科医として天才肌と呼ばれる二人の微妙な関係に、田口はつくづく呆れた。自分は至極普通だと思っている彼には、手術室という密閉空間でチームを組んで病魔などと闘う緊張はどうしても理解できない。若い自分にはそうな仲間がいる速水を羨ましいと思ったこともあったが。この年になると、いい加減、人間関係にも疲れを感じることがあるので、自分にはこれで十分だと思っている。
 速水と高階先生の関係は、俺にはとても理解できないな。普段はほとんど接点がないくせに、突然、妙なところで結託するから、たちが悪い。
 田口は呆れつつ、焼いた塩鮭を皿でこまかくほぐす。
「病院長と救命救急センター長の仲がいいのが、今回、よーく分かった。けど、お願いだから、俺を巻き込むのはなしで頼む」
 田口は切実に速水に訴えた。これ以上、病院長に弱みを握られたくない。もうすでに、握るだけ握られているかもしれないけど…。
「それは俺じゃなく高階さんに言えよ」
 牛肉の味噌炒めを作るために、味噌を溶いている速水が呟いた。
「言っても、無駄だよ。今まで俺がどれだけ無理難題を断ろうとして失敗したか、お前、知ってるか?」
「そうだよな…」
 速水がしみじみ言った。お互い、厄介な上司を持ったもんだと、こっそりため息を吐いても罰は当たるまい。
「んじゃ、これから二人して高階さんに対抗しようぜ」
 速水が慰めるかのように菜箸を持ったまま、田口を抱き寄せて、その頬にちゅっとキスした。田口は二人でも高階には絶対に勝てないと思ったが、速水のその心が嬉しくて、触れるだけのキスを恋人に贈った。

 そして、お互いを見つめて、二人して貰ってきた胡蝶蘭のように頬を淡いピンクに染めたのだった。

         
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  あとがき:拍手お礼のssに少し書き加えました。タイトルはいつも適当なので、後で困ることしばしば。今回の裏テーマは「病院長は無敵」でした。お弁当については、また、後日談として書けたらいいな。
     平成21年12月29日(火) 修正のち掲載
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