連休前の攻防 01  本文へジャンプ
 くしゅん。くしゅん。
「田口先生。風邪ですか? 今年はたちの悪い風邪も流行し始めているので、早めに診てもらったがいいですよ」
 藤原看護師が心配そうに田口に近づいた。その手には市販の風邪薬がしっかり握られている。外来が終わらない今、取りあえずこれを飲んでおけということだろう。
 田口はそう解釈して、藤原看護師に手を伸ばした。渡された風邪薬はどこにでも売ってある市販薬で、田口の自宅にも常備されている。一回三錠の服薬を確認して、田口は二錠を飲んだ。普段、薬に縁がないので、たまに飲むとやたら効く。
「心遣いありがとうございます」
「いいえ。明日も同じような状態でしたら、必ず、内科を受診してくださいね。新型インフルエンザも流行っていますし…。明後日からは秋の連休ですし…」
 壁に掛かったカレンダーを指しながら、藤原看護師は心配そうに田口を見た。
「そうでしたね。連休なんか、すっかり忘れていました」
「せっかくの五連休。田口先生には予定がなくても、予定を入れたがっていらっしゃる方がいるのではありませんか?」
「どうでしょうか? こんな時こそ俺の出番だと、意気込んでいる奴は知っていますが…」
 田口の頭に、よく知った外科医の顔が浮かぶ。
「じゃあ、先生はしっかり休んでください。いいですか。せっかく緊急呼び出しがない神経内科にいるのですから、絶対に病院には来ないでくださいね」
 ははは…。五日も家で何をしろというのだろう。仕事がたまっているから、静かな病院で一気に片付けよう。などと考えていた田口は、藤原看護師に釘を刺されて、ごまかし笑いを浮かべた。
「…とりあえず、家の掃除と模様替えと、衣替えを終えてから考えます。日頃ないがしろにしている家事をしてしまおうと思っているので、時間は足りないかもしれません」
 言い訳ではなく本気で田口は日頃放置している家のことを片付けようと思っていた。何しろ、同居している恋人は仕事の忙しさに追われて、服は脱ぎっぱなし、書類なども広げっぱなし。と、放っとくと家が人類の住める場所ではなくなってしまう。かろうじて、食事は当番制なので何とかなっているが、洗濯・掃除・風呂洗いなどなどは、いつの間にかすべて田口の仕事になっていた。
 そんな恋人が夕べ、呟いた。
 家に帰ったとき、誰かが待っているのはとても嬉しいと。夜中に帰って来て、ベッドに寝ているお前の体温を感じるだけで、また、がんばろうって気になる。生きているって、凄いことだよな。
 そんならしくないことを言いつつ、恋人はやたら田口に甘えたがった。救急救命医として現場に立つとき、誰よりも冷静な恋人がやたら自分に甘えたがるときは、命をこの世につなぎ止められなかったのだと知っている。日中、何度も聞こえた救急車のサイレンを思い出し、田口は恋人が、どれほど悔しい思いをしたのか予想できた。
「それはいいことですわ。私も久しぶりに、しっかりリフレッシュさせていただきますから…」
 藤原看護師は悪戯ぽい目で田口を見たあと、さあて、あとひとがんばりと背伸びをした。それに田口も頷いた。

 くしゅん。
 誰かが噂をしている? でも、鼻水が出始めたし、やっぱり風邪かな。と思いつつ、田口がのんびり鼻をかもうと、ティッシュに手を伸ばしたとき。
「おらっ。救命救急センター部長、自ら、往診に来てやったぞ」
 突然、平和な世界に、あなた、何様ですか?の声が降って来た。
「んあ?」
 田口は鼻にティッシュを当てたまま、声の方に首を傾けた。ドアの所に立っていたのは、この愚痴外来と呼ばれる場所には、まったく似合わない格好をした男だった。
「速水、どうしたんだ?」 
 くしゅん。田口は腹が立つほど端整な同期の外科医に尋ねた。
「だから、往診に来たって言っただろうが…」
 スピードスターの速水だ。田口のまどろっこしい声に、部下なら“ぶぁかやろう!”と怒鳴り、チュッパチャップスを飛ばすに違いない。
「往診? 何で?」
 相変わらず、ぽよんとした田口に、速水は苦笑する。くどいようだが、これが速水の部下だったら、鉄拳を飛ばされていたに違いない。
 田口はついさっきまで聞こえていたサイレンを思い出しながら、速水を見た。オレンジ新棟、救命救急センターの将軍(ジェネラル)と呼ばれる速水晃一が、救急患者より自分を優先するとは、田口にはとうてい考えられなかった。その速水が往診に来たと言う。それが冗談でなければ…。
「まさか、俺の…」
 くしゅん。もう一度、くしゃみをしたところで、田口は物言いたげに速水を見た。
「ちょっと我慢しろよ」
 そう言うと、速水は説明も無しで、いきなり田口の首を掴んだ。そして、田口の鼻の中に細い棒を突っ込んだ。
「げっ!」
 田口がえずきかけたところで、速水は棒を引き抜くと、何なんだと目を白黒させる田口をよそに、白衣のポケットから取り出した小さなケースに擦りつけた。
「何だそれ?」
 顔をしかめつつ、田口が速水の手元を覗き込む。
「インフルエンザ迅速診断キット。お前に倒れられたら、ことだからな」
「はあ? くしゃみしただけで調べるのか? そんなに強力なのか、新型は…」
 田口が慌てたような声で、速水に尋ねた。愚痴外来を受診する患者に若い人は少ない。抵抗力が強くない彼らは、インフルエンザに罹ったなら重症化してしまうかもしれない。田口が焦るのも分かる。もしそうなら、不定愁訴外来での対策も考え直す必要がある。
「いや。報道されているレベルだ、今のところは。これから患者が増えれば、状況は変わるかもしれないが」
「だったら、何で俺に検査?」
 極楽病棟と愚痴外来に籠もっている田口からすれば、不満に思うのも当然だろう。
「俺の周りで一番感染しそうなのが、ぽやんとしている行灯だからだ。お前が罹ったら、俺にも感染の可能性有りってことになる。そうなった場合、俺は濃厚接触者として一週間、自宅謹慎させられる」
 厚労省の決定には、速水も逆らえない。
「そうだけど…。俺より速水の方が罹りやすくないか?」
 新型インフルエンザで呼吸困難になった患者が最初に運ばれるのは、救命救急センターの可能性が高い。
「だから、五月にあの痛いプレ・インフルエンザ予防接種を受けさせられたんだろう」
 田口ほどではないが、速水も注射を打たれるのは好きではない。仕事柄、様々な予防接種を毎年受けるが、あれは痛かった。しかも、効くのかどうか実験するのが目的というトホホなやつだ。効かなかったらどうするんだという現場の声は無視され、厚労省は国家権力の元、パンデミックが起きたときに患者受け入れを行う拠点病院の医師に、半強制的に接種した。
 東城大学医学部付属病院もその例に漏れず、感染症科、内科、救命救急センター、小児科などを中心に接種が行われた。全国の医師、3000人をピックアップして接種するという試みだっだが、なぜか東城大学医学部は全員が該当者になっていた。しかも、他大学では重篤な副作用も認められたと報告があったらしいが、幸い、速水の周りではそんな話は聞かなかった。
「俺にも、それ回ってくるかな?」
「どうだろうな。本物が流行し始めた今、もうプレは必要ないだろう。それより、新型で予防接種を作る方がコストも効率もいいだろうし…」
「そうだな」
「それに、お前は忘れているかも知れないけど、俺が受けたプレ・インフルは今、流行している豚由来じゃなく、鳥由来のやつだ」
 速水が受けたのは、東南アジアで発生している強毒性の鳥インフルエンザを元に作られていた。しかし、新型として猛威をふるい始めたのは、豚インフルエンザ由来だ。二つ似てて異なる株なので、速水が受けた予防接種は全く新型には効果がないと言えた。
「万が一、俺が罹ったら、当然、行灯が自宅で手厚く看護してくれるよな。いつかのように、俺を病棟に預けたりしたら、化けて出るぞ」
 気合いの入った速水の恨み節に、田口は呆れ顔になった。
 以前、速水が熱を出したとき、たまたま病棟当直だった田口は、強制的に速水を神経内科病棟(通称、極楽病棟)に入院させた。それをいまだに速水は根に持っているとは、速水の執念もたいしたものだ。ことあるごとに、ぶちぶちと田口に愚痴る。
「あの日は当直だったから、病棟に預けるしかなかったのは分かっていただろうに…。しかも、本当なら、うちで受け入れる病気じゃないのに、誰かさんがごねるから、うちの病棟は大騒ぎだったんだぞ。なので、今後はよほどのことがない限り、お前を病院に置かないから」
 愚痴りたいのは田口の方だ。極楽病棟で速水を預かったとき、速水は完全プライベート・モードで田口に甘えまくった。その結果、田口と速水の関係は余人の知るところとなり、田口は本気で転職を考えた。
 田口はいかにもうんざりという顔でぼやいた。
「それより速水、何でお前が俺の体調を知っているんだ? そっちの方が俺は気になるんだけど?」
「…行灯。お前にプライベートは無い」
 某アニメのキャラの決め台詞、『お前はもう死んでいる…』をもじった速水に、田口はため息をついた。
「何だよ、その呆れきった顔は…。俺がここに来た理由は、お前のコーヒーが飲みたかったからで、迅速診断キットはついで。次に、お前の体調は朝から何度もくしゃみをしていたから、気になっていたんだ。新型インフルエンザの初期症状が急な発熱だとしても、呼吸器症状は無視できないからな」
 茶化すことなく答える速水だが、その口調には嬉しさが溢れかえっている。何がそんなに嬉しいのか。田口は相変わらず思考が読めない速水にため息が出そうになる。
「って、やっぱり、俺に新型インフルエンザの容疑をかけているんじゃないか」
 田口はむすっと口を開くと、速水を軽く睨んだ。さらに、
「俺の体調を、お前にちくったのは藤原さんじゃないのか?」
と付け加えた。 愚痴外来の専属看護師、藤原は信頼に足る人物だが、裏で速水とつるんでいるのではないかと、田口は思っている。と言うのも、速水が研修医として入った佐伯教授率いる総合外科の病棟に、藤原が師長としていた…らしい。それを田口は速水のアルパムを見たとき、気づいた。
「…まさか。藤原さんはオレンジに来ないし、俺もそこまで暇じゃない」
 速水の言葉に、田口は納得しそうになるが、そこは長年の勘でおかしいと思う。広いようで狭い病院だ。『地雷原』の異名を取る藤原が、速水に連絡を取るなんて、直ぐにできるはずだ。それを追求しないのが゜、田口の優しさだったりする。
 まあ、名目は何でも、ここまで自分に会いに来てくれたから、良しとしよう。
「コーヒー、飲むか?」
「うん」
 田口は速水にコーヒーを入れてやろうと、愛用のサイフォンへと向かった。

 その後ろ姿を眺めながら速水は、数時間前を思い出していた。今日のオレンジは珍しく平和だったので、速水は昼食時間内にスカイレストラン『満天』へ向かった。その途中の廊下で、藤原に会った。軽く会釈をして通り過ぎようとした。
「あらっ、速水先生。珍しいこと、これからお昼ですか?」
 藤原から声をかけられ、速水は立ち止まった。
「ええ。オレンジが落ち着いているので、今のうちに腹ごしらえをしておこうかと。藤原さんもお変わりないようで、いつもお世話になっています」
 社交辞令のような挨拶だが、速水の後半の言葉は田口が日頃、藤原に世話になっているのを踏まえている。彼女は速水と田口が同期生であり、二十年来の親友同士であり、更に恋人関係にあるのを知っている。それもあって、我が儘大魔王の速水も、彼女の前では大人しい。
「いえいえ。過保護な速水先生には毎回、頭が下がります。ところで、、田口先生。今日は朝からよくくしゃみをしていらっしゃるんですけど、お風邪かしら?」
 微妙な嫌味はスルーして速水は、行灯がくしゃみ?と首を捻った。
「そういえば、朝からくしゃみを何回かしていたような。風邪か?と聞いたら、う~ん、どうだろう、と鼻を擦っていましたけれど…。そんなに酷い様子でしたか?」
「私にはそれほど酷いようには見えませんが…。でも、用心に超したことは無いので、よろしくお願いしますわ。田口先生に倒れられたら、困る方が大勢いらっしゃるので…」
「分かっています。あいつに倒れられて一番困るのは私ですので…。なので、愚痴外来に戻られたら、田口に市販の風邪薬を飲ませといてください。手が空いたら、私も診に行きますので…」
 速水は藤原に頭を下げた。研修医として外科に入った時から、藤原には頭が上がらない。それはお互いの立場が逆転した今でも変わらない。少なくとも、速水の中では。
「相変わらずですね」
 藤原が面白そうに速水を見た。以前の速水は彼女を魔女のようで怖いと思った時もあった。しかし、今は田口を間に絆のようなものを感じていた。
「あいつはあんな風にぽよんとして、ぐうたらなくせに、案外、人から好かれるんです。まあ、私のような邪な目であいつを見ている人間はいないと思いますが、万が一の事もあるので、藤原さんを頼りにしています」
 速水はもう一度、藤原に頭を下げた。

「ほら、リクエストのコーヒー。速水? 何、小難しい顔をしているんだ」
 コツンと速水の目の前に置かれたマグカップ。顔を上げると、田口が首を傾けて覗き込んでいた。
「いや、何でもない。さてと、そろそろ迅速キットの結果も出るだろう。運命の瞬間だな」
「うわっ!」
 速水の声に田口は驚くと、大きく息を吸った。いかにも緊張していますという顔で、速水の横に座った。そっと速水は田口の肩に手を回して、自分の胸に抱き込んだ。触れあった田口の体からは、緊張がひしひしと感じられて、速水はますます抱き締める力を強くした。
「いい加減、腹をくくれよ。いいか、出すからな。いち、に、さん!」
 掛け声とともに、速水は迅速診断キットを田口の前に差し出した。田口は興味津々の様子で覗き込んだ。が、直ぐに、
「これ、どう見るんだ?」
と、真剣な顔で速水に尋ねた。その様子がとても可愛く速水には見えたが、インフルエンザ迅速診断キットの見方を知らない田口にぽかんとなった。インフルエンザ迅速診断キットの使い方は、今や常識。と、声を大にして叫びたいのを、速水はぐっと耐える。本当はチュッパを五本ぐらい投げつけるほどの怒りも沸き上がっていたが、相手が田口なので、「行灯…」と呟くだけで終わった。
「講習会にはちゃんと出席したけど、本物なんて、うちの病棟じゃ目にしないし…」
 ごにょごにょと言い訳する田口を、速水はやっぱり行灯は可愛いと、目を細めるばかりだった。思わず、強く抱き締めて、キスしようとしたら、
「うわっ! 何するんだ!」
と、田口は普段のおっとりさから考えられないぐらい素早く飛び退いた。速水はがっくりと肩を落とした。忙しいオレンジを放ってまで会いに来たのに、恋人は労ってくれないどころか、喜んでもくれない…。だんだん心がやさぐれていくのを速水は止められなかった。
「何って、行灯が可愛かったから、キスしただけだろうが。そこまで、露骨に逃げられると、さすがに俺でも傷つく」
 思いっきり恨めしげな声と目で速水は田口に呟く。可愛いものは仕方がない。でもって、ほっぺにチュッなんて、今時の幼稚園児でもしてるわ。と、心の中で喚きながら。
「いや…、だって…。お前が…」
 速水の不機嫌一杯の責めに、田口は意味不明なことをあわあわと慌てながら口にした。速水は、やっぱ可愛いよな、行灯は…と切れ長の目を細めて、田口を抱き寄せる。それでも、先ほど拒否されたキスにむかむかと怒りは沸き上がってくる。
「ちょっ、速水。離せって…」
 田口が僅かに抵抗するのを速水は、好きだの一言で黙らせると、細い首に顔を寄せた。嗅ぎなれた田口の香りに、速水はゆっくり息を吐いた。
「こうやって、行灯を抱いていると落ち着く…」
 速水はじっとしている田口の耳元でそっと呟いた。すると、田口の手が速水の髪に伸ばされ、何度か撫でた。その感触に速水はうっとりと目を閉じた。
 しかし、優しい手は速水がいつまでも現実逃避をするのを許さず、ぐいっと唐突に突き放された。安心しきっていた速水はとろんとした目で田口を見た。
「で、結果は?」
 目の前に突きつけられた白いケース。
「取りあえず、陰性だな」
 無理矢理、現実に戻らせられた速水は、ぶすくれながら結果を口にした。甘えさせてくれない田口にムッとなるが、そこはぐっと飲み込む。もちろん、陰性なのは予想していても、やはりほっとした。
「やっぱり…。分かっていたなら、する必要なかっただろうに…」
 田口がぶつぶつ文句を呟きながら、迅速診断キットを眺める。
「行灯。俺は取りあえず陰性と言っただけで、罹っていないとは断言していない」
「それは反応が出ていないだけということか?」
「まあな。うちは熱発だけの患者は滅多に受け入れないから、はっきりしないが…。他ではインフルエンザ様症状でも反応せず、重体になってから慌てて、CPRをしたら、新型インフルエンザと診断されるケースがあるそうだ」
 速水は迅速キット診断を凝視した。田口は初めて知ったという顔で速水を見る。ため息が出そうになる速水。
「これは便利だが、ある程度、体内でウイルスが増殖していないと反応しないらしい。で、判定できる程度のウイルスが存在するということは、すでに発熱などの症状が出ていてもおかしくない。そう考えると、全く症状がない行灯は、現時点ではシロの可能性が高い。が、感染していないとは言えないだろう。発症していないだけかもしれない。潜伏期間は三~四日だと言われているからな」
 速水は救命救急センター部長としての顔で、田口に話し始める。
「そして、彦根からの情報では、重症の呼吸器不全の患者を迅速診断キットで調べても、陰性の場合が多く、確定検査に出すと陽性で帰ってくると。それを受けて抗インフルエンザ剤を投与しても効果は薄く、患者はICUで管理する必要がある。これが事実なら、死者が出るのも時間の問題だな」
「だったら、どうすればいいんだ?」
「ああ。迅速診断キットはあくまでも診断の補助として位置づけて、臨床症状だけでインフルエンザと診断する必要がある。早期に抗インフルエンザ剤を投与すると、重症化しないのは諸外国の例でも分かっている」
 たかが、インフルエンザ。されど、インフルエンザである。毎年、猛威を誇るインフルエンザは日本人が最もたくさん罹る感染症の一つで、ワンシーズンで最も多くの死者を出す感染症だ。
「インフルエンザって、検査しないで、どう判断するんだ?」
 血とも感染症とも縁遠い診療科にいる田口には、臨床症状と言っても中々、手強い。
 インフルエンザは高熱・全身倦怠感・筋肉や関節の痛みが大きな症状と言われるが、初発症状が似ている感染症も多い。インフルエンザではない患者に、抗インフルエンザ剤を投与しても全く効果ないし、逆に副作用が出る可能性がある。
「高熱で来院する患者をじっくり観察していると、これはインフルエンザではないかと勘で分かるようになる。あとはそれを否定する要素を探す。で、最終的にインフルエンザと診断かな。お前も一応、医者なんだから、インフルエンザぐらい正確に診断できるようになってくれ…」
 速水はため息混じりに田口に告げた。いくら血が苦手で神経内科を専攻しても、医者として知っておくべき病気の最低レベルにインフルエンザは入るだろうと、速水は思う。このままじゃやばいだろうと思った速水は、田口に救急センターに来た研修医が手にする「急性感染症の見分け方」という本を渡して、勉強させようと思った。
「それぐらい…できる。…多分…」
 田口は口を開けかけた。が、その声はだんだん小さくなる。そして、罰が悪そうに顔を伏せた。
「今年はお前が罹ったら、俺が全身全霊かけて治してやる。俺が罹ったら、治療は呼吸器科に任せるから、お前は看病だけよろしくな」
 ちゅっ。速水は田口を覗き込んで、唇に軽く触れた。

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    新型インフルエンザに罹ったら、治療は呼吸器科に任せるなんて、どんだけ将軍は行灯先生の治療を期待していないか…。
将軍にとって行灯先生は「嫁」です。しかも、とっても可愛くていつもメロメロなんです。側にいるだけでいい。他はなーんも望んでません。
本当は仕事なんてしないで、家でおさんどんをして待っててくれたら、もう何も言うことありません。
平成21年10月17日(土)  作成  
平成21年11月15日(日)  修正  
平成22年10月24日(日) 追加修正
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