彼が北へ行けなかった理由 12 本文へジャンプ

「速水。手術って、絶対にしないと駄目?」
「駄目」
「そこを何とかできないのか? お前、天才救命救急医って言われているんだろう?」
「天才でも、手術をしないと駄目な怪我は手術するのが当然だろうが…」
「手術って、血がダラって…出て」
 自分で言いながら、田口は気分が悪くなってくる。
「麻酔してあるからお前には見えない。まあ、どうしても見たいなら、オペをビデオに撮っておいてやるけど…」
「…嫌だ。絶対に映像を残すなよ」
 田口が必死な顔で訴えれば、速水が嫌味なぐらい爽快な笑顔を浮かべて、
「へいへい」
と、いい加減な返事をした。おかげで、田口の緊張が途切れた。それを見た速水は知らずに入れていた肩の力を、ようやく抜いた。

 田口の手術は無事に終わった。入院も麻酔から覚めたら一日ぐらいで、異常がなければ、直ぐ自宅に戻れることになっていた…。が、何しろ、田口にとっては慣れない松葉杖の扱いは苦手で…。彼はこのまま、病院でのんびり寝正月をしようと考えた。
「田口先生。災難でしたねぇ。それにしても…」
 藤原が術後直ぐに見舞いに来て、けがの経緯を知った途端、呆れた。
「先輩。入院と当直は違うんですよ」
 田口の当直を当てにしていたらしい兵藤は、差し入れのケーキを手に、嫌味とも取れるため息をついた。
 高階からは電話で、「どうやったら、段ボールに埋もれるんですか? 田口先生はヘンなところでとっても器用なんですねぇ」と、やっぱり嫌味?と共に、お見舞いの品として素晴らしいケーキが届いた。もちろん、その大半は甘いもの大好き速水のおなかに消えたのは言うまでもない。
 極楽病棟からは師長以下、看護師からお見舞いとして、高級和菓子が箱に詰められて届いた。どうやら、田口を心配した患者さんたちからの寄付も含まれているらしい。それも半分は速水が処分した。こうやって、別の意味でジェネラル・ルージュの伝説が育っていく。
「せっかく田口先生が楽しみにしていらっしゃる寝正月ですけれど、重症の患者さん以外は自宅に帰って貰うことになっているそうですわ。田口先生も松葉杖でご不自由でしょうが、他は普通でしょうから、退院ですわね」
 藤原がお見舞いと称したティータイムを田口の横で行う。速水は例のごとくオレンジに呼ばれて、出向いていた。
「えーっ、藤原さん。そこを何とか…」
 田口が食い下がる。
「せっかくのお正月を病院で、仕事以外でいたいという方はないでしょうから、田口先生もおうちで寝正月をされたがいいですわよ。それとも、ご実家の方にご連絡をしたがいいでしょうか」
 ぶんぶん。実家には連絡されたくない田口は、大きく首を左右に振った。
「大丈夫です。私が責任を持って、田口の面倒を見ますから…」
 にっこり大満足の顔を藤原に見せたのは、オレンジから早々に戻った速水だった。
「あらっ、そうですか? 速水先生もお引っ越しでお忙しいのではありませんか?」
「いえっ、田口がこんなんなので高階先生にお願いして、極北行きを遅らせて貰いました」
 速水が極北行きが遅れるのを告げた。藤原はしてやったりと思っても、表面上は変化を見せない。
「まあ。速水先生が付いていらっしゃるなら、田口先生もご安心ですね」
「藤原さん。どんな安心なんですか? こいつは料理はからっきしなんですよ。結局、私が自分で作らないといけないのは変わらないと思いますが…」
 田口の視点がずれているのに、藤原も速水も気づいたが指摘しない。
「あらっ。こんな時まで、自炊されるなんて…。田口先生。こんな時こそ、出来合いのものを利用しなくては。それに速水先生がいれば、ご自分で買い出しに行かなくてもいいんですよ…」
「お前、この状態で料理する気だったのか?」
 速水が呆れる。
「いや、だって…」
 まだ、うまく松葉杖を扱えない田口は、ふらつく体を速水に支えられている。まだ長時間、立ったままで、バランスを取るのは難しいのだ。
「まっ。そんなにお前が料理を作りたいのを横取りして悪いが、僭越ながら、今回は俺が代わりに作ってやる」
 えっヘンと威張る速水を田口は見たが、直ぐにため息が漏れた。
「作ってやるって。速水、何が作れる? まあ、ご飯は電気釜に米と水をセットすればいいけど…。俺、食中毒や食あたりでオレンジに掛かりたくない」
 年末年始は救命救急センターのオレンジ新棟だけが、通常状態で機能している。他は、ほぼ全てが休みだ。病棟に残っているのも、重症の患者しかいない。



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    田口先生。手術前、手術後です。そして、間のお話は12.5という中間にあります。
将軍。だんだん、行灯ラブの本領を発揮しているような? していないような?うーんです。
 平成23年3月21日(月) 作成・掲載
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