彼が北へ行けなかった理由 4 本文へジャンプ

 ちまたでは、クリスマス特集だとかで騒々しい世間を横目に、速水は北に行くための荷物を整理をしていた。帰ってくるときのために、マンションは売らずに、このままにしておこうと思う。
 ふとアメリカに戻ったバチスタ・スキャンダルの桐生も、滅多に帰らないくせに、マンションはそのままにしているらしいと聞いている。
 学生時代から生活してきた土地を離れるのは、何とも言えない不安が浮かぶ。だが、それも人生さと割り切るしかない。そう自分言い聞かせながら、速水は片付けを進める。
 ピンポーン。
 誰だ? 病院は今頃、年末大忘年会のはずだ。田口は毎年恒例の当直のはずだった。あとはここを尋ねてくる人物など、思いつかずに速水は玄関を開けた。
「よう」
 そこに立っていたのは、同期の島津吾朗だった。相変わらず、髭もじゃもじゃの鬱陶しい格好だ。放射線科のしかも、画像診断医でなければ、どこの怪しいおっさんだよだ。
「珍しいな。宴会なんだろう? 抜けてきたのか?」
「いや。病院長命令でな。あのおっさん、御用納めまで明日から出張なんだと。何でも、ドクター・ヘリ導入に関することらしい。それは俺には関係がないが、お前、行灯の奴が家なき子になっているのは知ってるよな」
「ああ。高階さんから聞いた」
「だったら、行灯を引き取るよな」
 単刀直入。一刀両断。さっさと本題を直球で投げつける島津。言葉を選んでいたら、行き違い誤解が生じる。
「……」
「なあ。このまま、行灯と別れて良いのか? 俺はあいつと違って、お前があいつに向ける目の意味を知っているんだ。今まで、黙っていたが…」
 島津は勝手知ったる他人の家。速水家のソファに座ると、ビールと家主に請求する。
「別に気持ち悪いとか、友達をやめるとは思っていないから、安心しろよ。そんなのは、国際会議に行けば、わんさか居るからな。けど、中途半端な想いでここを出て行くのはやめろと言いに来た」
 冷蔵庫からビールの缶を取り出す、速水の背中に島津は告げた。
「…ビール」
 ぶっきらぼうに速水は島津に渡す。
「だから、これはチャンスなんだよ。行灯獲得作戦の。
 いいか。家なき子の行灯をここに住まわせる。当然、行灯はお前に感謝感激。そこでお前が日和ってみせる。ジェネラル・ルージュじゃない素顔の速水晃一で…。そうすると、あいつのことだから親身になってくれる。そうやって、あいつをがんじがらめにする。
 多少は強引に迫らないと、あいつは病院長が勧める見合い相手とかにかっ攫われるぞ。あのおっさん、ことのほか行灯を気に入っているようだから、ここから、いや自分から逃げられないよう縛り付けるなんて、お茶の子さいさいだよな」
「…確かに、それはあり得る」
「だろう。病院長に、どうですか?田口先生。何て言われているうちに、これで良いでしょう。なんてなって、気がつけば、結婚式。行灯ならあり得る展開だ。そうなったら、お前はせいぜい親友でしかいられない。それって、空しくないか? どうせ人生なんて一回きり。恋愛なんて気の迷い。だったら、いつまでも悩む前に当たって砕けろだ。ダメもとでぶつかったら、偶然、勝った。なんて、学生時代何度か体験しただろうが…。
 お前、3年もあの行灯を野放しにできるのか? 俺はあいつの動向を監視できるほど、暇じゃない」
 ぐびり。島津は一気にしゃべると、ビールをあおった。
「…、砕けたら、立ち直れない」
 速水が島津に呟く。
「いきなり襲ったら、それは犯罪だ。俺は行灯のけつの検査なんてしないからな。だから、それはこれからお前が考える作戦だろうが、俺はまず行灯を手懐けろって言っているんだ。そのために、まず家なき子を引き取ればいいだろうが…」
 せっかくの忘年会。速水を説得できなければ、参加禁止と病院長に言い切られている島津は必死だ。とにかく、早く速水を納得させて、宴会場に戻りたい。今日は自分の欲望に忠実な島津だった。
「行灯は住むところが見つかって、安心して正月が迎えられる。お前は行灯と一緒に住めて、楽しい正月を迎えられる。誰にも損はないだろうが、むしろ、クリスマス、正月とイベントが続くんだ。
 へたれを思いっきり利用して、行灯を捕まえろよ」
 島津は言い切ると、残っていたビールをいっきに飲み干した。
「病院長には俺から、速水はオッケーでしたと伝えておくからな。お前も北に行くなら行っていいから、とにかく、行灯に家を貸してやれよ」
 そう言いきった島津は、からりと笑って、“不思議の国のアリス作戦”の成功を予感していた。


                        次のページへ

                    Copyright©2010 Luna,All Rights Reserved
    島津先生。忘年会に出たいだけの熱心な将軍説得でした。これで、もう将軍の心はかなりよろめいています。
この先、どう悪役三人組は動くのでしょうか? 私には予想ができません。
平成22年11月14日(日) 作成・掲載
inserted by FC2 system