はた迷惑なクリスマス 本文へジャンプ

♪ ジングルベル、ジングルベル ♪
 12月の始め、速水が定例の楽しくないアホらしい会議に出席するために、オレンジ新棟と本館のショートカット通路として利用するオレンジ新棟二階の小児科から、可愛い歌声が聞こえた。
 クリスマスか。もうそんな季節なのか。そう言えば、行灯がありすのプレゼントがどうのとか言っていたような。と、速水晃一は先日の会話を思い出していた。
 救命救急センターにいると、朝も昼も夜もない。当直、日勤と不規則な勤務に加えて、患者が急変したり、突発的な大事故などがあると、休みなど一気に吹き飛んでしまう。
 とは言っても、医局には小さなクリスマスツリーが飾ってあるし、ICUにもリースやサンタや星などが壁や点滴台に飾られている。そして、速水の救命救急センター部長室もささやかだが、来客用テーブルにミニ・ツリーが飾られ、ドアにはリースが掛けられている。ちなみに、飾ったのは如月翔子だ。
 速水自身はキリスト教徒ではないので、それほどクリスマスに拘らない。しかし、クリスマスは神に感謝する日であって、浮かれ騒ぐ日ではないだろうと常日頃から思っている。周りがクリスマスだ。ケーキだ。プレゼントだと騒ぐのを傍観しながら、つくづくこの日ばかりはイブも含めて、日本の常識は世界の非常識だと感じていた。とは言っても、ここは日本。和製クリスマスにちゃっかり便乗しない手はない。

「あ、行灯…。速水だけど、24日は絶対に当直を入れるなよ。何でって? クリスマス・イブだからだ。は? 何するのかって? クリスマス・パーティー以外に何をするって言うんだよ。まあ、お前が豪華なホテルで、俺と熱い一夜を過ごしたいって言うんなら、話は別だけど。ああ? いい歳して、何ドリームしているのかって? …お前がごちゃごちゃ、言うからだろう。とにかく、クリスマス・イブに当直は入れるなよ。入れたら、お前を襲いに極楽病棟まで行くからな!」
 超プライベートなことを言いながら、速水は小児科病棟の看護師、医師、付き添いの母親…などの熱い視線に気づくことなく、足早にショートカット通路を駆け下りていった。

「…年末年始の調整は終わったのか?」
 救急患者がいると人の気配がしない医局がざわめいていてるのに気づき、速水は群れる白衣軍団に声を掛けた。が、
「その日は駄目です。絶対に外してください」
「えーっ! イブ以外だったら、当直、全然OKです。イブ以外なら」
「それずるいですよ、黒田先生。自分だけ、ちゃっかり正月三日も休もうなんて、かき入れ時じゃないですか」
 誰もがここのトップである速水の存在に気づかず、恐るべき気合いとテンションと、自己主張で盛り上がっていた。それもそのはず、彼らが必死で主張しているのは、年末年始の勤務表割り振りである。
「お前、この前、イブはフリーっで悲しいってぼやいていただろうが。そんなときは仕事しろ。見栄なんて張ってる暇なんてない!」
「えーっ! 仕事の意識は充実したプライベートがあってですよ。だからー」
「そんなのは、まともに患者を助けられるようになってから言えよ。胸骨圧迫もまだまだの奴に、プライベートなんてない」
「黒田先生。それを言ったら、誰もここに研修に来なくなります」
 わいわい、がやがや…。冷静沈着さが売りの救命救急医たちが熱いバトルを繰り広げていた。速水は全く無視されたまま。仕方なく、速水はコーヒーをマイ・カップを注いで、ソファへと向かった。
「そうだぞ。お前ら、さっさと決めろよ。でないと、俺らが入れないだろうが…」
 救命救急センターの救命医ナンバー2の佐藤伸一がぼやいた。研修医やレジデントを一人で当直させることはできないので、上級医の当直も結構決めるのが面倒だ。しかし、そこは大人な上級医。よほどのことがない限り、黙って当直を引き受ける…。
「分かってますよ。佐藤先生」
 答えたのは、そろそろ若手から、中堅へとなりつつあるレジデントの山下だ。
「佐藤ちゃん…」
 速水は毎年繰り広げられる仁義なき戦いに、苦笑を浮かべつつ、信頼する部下の名前を呼んだ。
「あっ。速水先生、すみません。…おらっ、お前ら早く決めろよ」
 ふり返った佐藤は苦笑を浮かべる速水に謝ると同時に、空しい戦いをする研修医たちを叱咤した。
「それは別にいいが…。あっちもこっちもクリスマスだな」
 速水はじゃんけんにあみだくじにと、最後には運試しのようなことを始めた研修医たちを横目に、自分にもあんな時代があったっけなどと首を捻った。
「すみません。馬鹿らしいことで騒いで…、でも…」
 佐藤は速水の機嫌を損ねたと思ったのか、研修医たちのフォローをしようと口を開いた。
「いや、あれは自分たちが納得するまでゆっくり…でもないか。まあ、期限までに決まればいい。それに他から助っ人が来るから、あいつらが俺がいない日があるって、喜んでいられるのも今のうちだ。世間もクリスマス一色だから、浮かれたくなるのも分からないでもない。
 上なんか、すでにクリスマス一色だぞ」
 そう言うと、速水は医局のソファに座った。救命救急センターはいつも忙しいわけではない。暇なときは本当に閑古鳥が鳴くぐらい暇なのだ。
「で、佐藤ちゃんは、どっち取る?」
 速水はのんびり、佐藤に尋ねた。
「どっちでも、いいですよ。私にはクリスマスを一緒に過ごしてくれるような相手なんて、今年もいませんからね」
 少しふて腐れた佐藤を、速水は柔らかい目で見ると、
「じゃあ、大晦日の当直を俺が取るから、クリスマスはよろしく」
と、にっこり極上の笑顔で、佐藤に提案した。
「分かりました。今年はわびしく病院で、クリスマスを過ごすことにします。ああ、俺も彼女が欲しい」
 切実に佐藤がぼやいた。
「だからって、クリスマスにカップルが運ばれても、意地悪はするなよ」
 くすっと、速水が笑った。オレンジが忙しくないときの速水は、時折、素顔を見せる。
「しませんよ。誰かさんじゃあるまいし…」
「それより、速水先生も田口先生とラブなクリスマスですか?」
 羨ましさを十分に含んだ佐藤の問いに、速水はなんだ?という顔をする。
「あれとラブ? それは毎年、無視されているから、今年も期待してない」
 さらりと告げられた速水のクリスマスの真実に、えっ?と佐藤は驚いた。日頃の速水の惚気から考えると、どれだけハートが飛び交う夜だよと隠しカメラで覗きたくなるようなものを想像していただけに、意外すぎた。
「二十年も付き合っていたら、もうすることがないとか?」
 人のプライベート、別にどうでもいいことだ。でも、佐藤は日本中が騒ぐクリスマスに、なぜかシビアな上司夫婦?に不安を抱いた。破局の危機とか? プレゼントで揉めて、冷戦状態だとか? それとも、シフトの件で揉めているとか? ケーキを何にするとか? 考えれば、不安材料に事欠かない二人だ。年末は野戦病院状態になるオレンジだ。ただでさえ、誰もがピリピリするのに、速水の機嫌が最悪だったら…。胃がしくしくと痛くなってくる佐藤だった。
「行灯はどう思っているのか知らないけどな。俺としてはクリスマスは神に感謝すべき日だと思っている」
「え!? 速水先生、キリスト教徒だったんですか?」
 佐藤が驚いた。
「ンなわけないだろう。俺は無神論者だ。だけど、神はいるんだよ。どんなに軽くて助けられられそうな怪我でも、人は死ぬときは死ぬ。逆にこれは助からないと思っても、助かる奴は生き延びる。
 人の生き死にを決めるのは、人間じゃない。神なんだよ。俺たちはそれに逆らっているんだ。本来なら、死すべき魂を無理矢理引き戻す。だが、時として、俺は強い圧力を感じるときがある。無駄なことだ。やめろ。自然の摂理に逆らうのか?と言われている気がする。
 それでも、俺は何とか生かそうと手を尽くすが、その手を押さえられるのを感じるときがある…」
 淡々とした速水の告白。感情が伴わない事実だけを速水が口にしていると、分かるだけに佐藤はぶるっと身震いした。佐藤も感じたことのある事だったからだ。
「速水先生がですか…」
「そう言うからには、佐藤ちゃんも経験があるんだな。きっと神はキリストや釈迦なんかじゃなくて、もっと俺たちの身近に存在するんだろうよ。生死の狭間であがくから、俺たちは薄々感じているんだろう」
 シニカルに速水は笑った。救命救急医なら誰でも一度は経験する説明できない不可思議な出来事。それは人知のできるレベルではない。説明するにも、自分が納得するためにも『神』の名を挙げないとできなかった。
「そうかもしれませんが、周りがラブラブなのを横目に、なーんにも予定がないのは空しいです」
 佐藤が愚痴る。それも分からないでもない速水。
「みんながみんな、クリスマスだと浮かれている訳じゃないだろう。一部が騒いでいるだけだって、分かっているくせに、素直じゃないなぁ。佐藤ちゃんは…」
「…そんなの田口先生がいる速水先生に言われても、慰められません」
 佐藤の愚痴は根深いようだ。そんなにクリスマスに一人なのが空しいのか? 速水はちょっと首を捻った。
「そう言っても、男二人でキリスト教徒でもないのに、クリスマス・パーティーなんて、グロいだろうが…。それより、この一年を反省して、年末年始の戦いに備える方が意味あるぞ」
 あくまでも、速水のクリスマスは神に感謝をして、自分を反省する日らしい。
「それでも、田口先生と一緒なんだから、良いじゃないですか…」
 佐藤の愚痴は続く。
「田口とはクリスマスだけでなく毎日、一緒にいるから、お互い、クリスマスかぁぐらいだ。しかも、あいつの性格を考えると、クリスマスなんて祝うと思うか? 自分の誕生日すら忘れている奴が、海の向こうのイベントなんてやろうって考えるか?
 そのくせ、ちゃっかりありすのケージには、靴下なんかを下げていたりするから、たちが悪い」
 速水と田口のクリスマスに関する意識は、かなり差がある。それでも、お互い世間並みのイベントには参加する気はあるところが、誤解を招いていた。
「田口先生、ありすちゃん。可愛がっていますからね」
 その時、当直争奪戦を傍観していた長谷川が、自分の机からふり返って、速水に言った。
「だったら、俺も靴下下げたらプレゼントくれるって言うのか?」
 速水が長谷川に絡む。
「いやぁ、下げなくてもくれると思うんですけれど…」
 プレゼントと靴下はあまり関係ないだろう。と、長谷川は思っている。強いて言えば、プレゼントだけがクリスマスじゃないとも、彼は思っている。
 クリスマスなんて嫌いだ。とため息と共に呟いた速水に、それは幸せな悩みっていうやつですと、佐藤や長谷川は脳内で激しく突っ込みを入れる。
「…。ありすのプレゼント。…さくらもちに注文しとかないとな」
 速水がぼやいた。ありす。速水家のプリンセス。とは言っても、人間ではない。アメリカン・ファジー・ロップという種類の“うさぎ”。
「写メしないと、ガキらが文句言うよなぁ。…面倒くせぇ」
 田口に引き取られ、小児科病棟の子どもたちに名前をつけてもらったありすは、彼らに絶大な人気を誇っている。本物のありすが小児科病棟を訪問するのは、年に数回。それでも、子どもたちはありすに会いたがる。
 それを願いかなえるために、田口はありすのビデオを撮影して、子どもたちに見せることを約束した。が、田口の腕ではありすの動画など鑑賞に値しないレベルで…、結局、毎回、速水が撮る羽目になっている。しかも、ハロウィーンで二人と一匹のネコ耳写真を披露してからは、サンタ・コスプレ写真まで強請られる始末。
 救命救急センター部長として、しいてはオレンジ新棟の責任者として、それは俺の仕事?と思う速水だが、そんなのガキンチョたちには通用しない。速水の顔を見るたびに、写真、写真と強請られる日が続いている。なので、クリスマスにはありすにプレゼントが必要になる。なにしろ、小児科病棟にはサンタからのプレゼントが、クリスマス・イブの夜に届くのだから。
 プライベートのクリスマスで、ぐったりの速水に長谷川たちは、密かに楽しんでいた。現場では神のように君臨するゴーイング・マイウェイの冷静沈着な救命救急医の速水が、唯一、人間らしい表情を見せるのは田口が絡んだときだけだった。しかも、その悩みは他人から見れば、アホらしいの一言で片付けられるレベルだ。速水にしては真剣な悩み?なのだが、日頃、速水にきたわれている医局員には楽しくてたまらないネタになっている。
「今年は、みんなで食事というのはどうですか?」
 黒田が自分の席から立ち上がると、一枚のパンフレットを速水の前に広げた。
「さくらもちから是非、速水先生にと依頼があったんです」
 さくらもち(ちなみに、『さくらもち』とは医学部付属病院の向かいに立つ獣医学部付属病院の愛称だ)から、ご指名かよ。と、速水は思いつつ、パンフレットを手に取った。
 “ペットと一緒にクリスマス”というタイトルの、獣医学部主催のイベントだ。
「さくらもちの院内食堂でペットと一緒にクリスマス。ペットのクリスマスケーキ付きで、人間はフレンチのフルコース。家族でも恋人同士でも、ペットがいれば誰でもOK。ただし、値段はそれなりですが…」
 人間が一人5000円。ペットは種類によって差があり、3000円から5000円だ。それを高いと見るかは、その人の価値観による。
「俺はいいけど、行灯の奴が何て言うか。まあ、聞いてみるわ」
 速水の歯切れはいまいちだ。引きこもり大好き田口が、クリスマスだからって、こんなイベントに参加するとは思えない。しかし、速水は別の意味で感心していた。獣医学部はペットブームの今、いろいろなイベントを開いて、知名度を上げ、収入を上げたりしている。速水はいつも医学部も見習うべきだと思っていた。救命救急センターでも、何かできないだろうか。
「それにしても、さくらもちは商売上手ですよね。うちも何かできませんかねぇ」
 同じように思ったのだろう。黒田が呟いた。
「オレンジでできることで、採算が取れる事って、何か思いつくか?」
 付属病院の赤字増産部門と事務長から揶揄されているオレンジ新棟。何とか赤字を減らすよう努力?はしているが、それもなかなか難しい。速水の講演料を加えても焼け石に水だ。
「ドクターヘリ体験? 研修医の受け入れ人数を増やす? 救急隊員の積極的研修の受け入れ?」
 黒田が思いついたことを並べる。
「妥当だが、こっちにも負担が掛かるし、オレンジの収入にはならないのでは?」
「…、言われてみれば、そうですね」
 医学部付属病院の支払いは、健康保険が適応されている。もちろん、一部の高度先端医療は保険の適応はない。しかし、ほとんどの検査や治療は、健康保険の適応のため、決められた査定があり、認められた検査や治療にのみ医療費が支払われる仕組みになっている。健康保険に加入している患者には優しいが、病院には厳しいが、日本の医療だ。そのために、保険に入っていようがいなくても、救急車で運ばれた重症や重体の患者の治療を行うオレンジのような救急部門は、膨大な医療費が必要となる。だが、それをカバーするだけの制度が日本にはない。そして、その全てを患者と健康保険でまかなえるわけではない。細々した出費は結果として、病院持ち出しになる。それらが積もり積もって赤字を助長しているのも、世間では知られていない。
 一方、獣医学部付属病院は患畜に健康保険という制度がないため、どれだけお金が掛かっても助けて欲しいという飼い主のおかげで、黒字だと聞いている。あとで料金で揉めないため、飼い主には事前におよその治療代や検査料を示して、選択ができるようになっている。患畜の命は飼い主の懐具合で左右されるのを、幸と見るか不幸と見るかはあるが、それも現実だから仕方がない。
 人間では治療を金額で選択できるのは本人だけだ。子どもでも、親でも、特殊な場合を除いてできない。
「赤字縮小対策の件は専門家に任せるとして…」
 速水は赤字解消については早々に考えるのを放棄した。それより、今年のクリスマスをどうしようかと、伸びをしながら思案する。残っていたコーヒーを飲みながら、行灯のコーヒーが、何倍も美味しいなと思った。
「ところで、当番表はできたのか?」
 幾分、静かになった医局を眺めて、速水は尋ねた。
「ええ。一応、これです」
 救命救急センターの紅一点。和泉遥がペンで書き込まれた表を速水に渡した。東城大学医学部付属病院は官公庁の御用納めの12月28日までは通常診療だが、29日から1月3日までは冬休みになる。もちろん、病棟には入院患者がいるため、病棟には看護師も医師もいる。教授や准教授、講師などは講義外来診療がなくなる。そのため、シフトも休みモードになる。それは年中無休のオレンジ新棟一階も例外ではない。
 年末年始の救命救急センターは重症患者に対応するため、いつも以上に多くの専門医が配属される。そうすることで、他科にコンサルトして、オンコール医師を呼ぶ回数を減らす。専門医が救命救急センターに待機することで、的確な診断がその場ででき、すぐに対応できる。患者は再検査などの負担が減るし、オンコール待機の医師は呼び出しストレスから解放される。もちろん、病棟には各科の専門医が居るにはいる。しかし、たいていは研修医だ。そんな彼らではオレンジに運ばれた患者を診られるはずもなく、結局はオンコール医師に連絡する羽目になる。脳外科、心臓血管外科、胸部外傷科、精神科、小児外科、心臓内科、産婦人科など緊急を要する疾患を扱う科は、年末年始は恐怖の時期なのだ。
 これは外科医である権ちゃんこと、病院長である高階権太の日頃、激務で疲れ切っている専門医に、年末年始ぐらいは職務を忘れて、少しでも休んで欲しいという苦肉の策である。
「で、こっちが他科からの助っ人一覧だ。中堅どころが揃っている」
 速水は先ほどの会議で受け取った応援医師一覧を、和泉に渡した。
「うーん。今年は戦力になりそうです。カンファレンス室を応援医師の待機場所に解放して良いですよね」
「そこしか場所はないだろーが…」
 速水はあっさり認めると、先ほど黒田が持って来たパンフレットをもう一度手に取った。ありすのクリスマス・プレゼントにしては、人間の方にウエイトが置かれているように思えないでもないが…、捨てがたい。何より向かいのさくらもちという場所が、速水には魅力だった。
「佐藤ちゃん。助っ人用のマニュアルを用意しておけよ。オレンジにはオレンジの流儀があるのを知っておいて貰わないと、トラブルになる。でもって、助っ人には早めに渡しとけよ」
「そうでした。研修医に作成させます」
 付属病院は巨大な複合組織だ。院内の共通言語はあるが、各科でさらにご当地言葉があるので、ローテートで回る研修医の中には、ちゃっかり先輩から方言?をチェックしている者もいる。特に内科と外科では、同じ手技や同じ機械、薬ですら呼び名が違ったりする。(薬に関しては通称が違っても、名前は薬剤部のおかげで統一されている。が、病棟ではいろいろな短縮名が飛び交っている) 特に救命救急センターでは短い名称が直ぐ多く飛び交う。検査も同時に複数で一気に行うので、聞き間違いないがないよう独自の言葉がある。研修医がオレンジに来て最初に苦労するのは、この単語だったりする。
 速水は年末年始の勤務調整表を眺めながら、どの日だったら年始の挨拶に行けるかなどと考える。この時期は実家に帰るのは、事実上不可能なので、もっぱら速水の里帰りは桜宮市内の田口家だったりする。正月は大晦日から当直を入れているので、まず午前中に帰れるのは無理だろう。ということは、雑煮を食べられるのは夕方になるに違いない。
 まあ、時間があれば、毎年、病院長が大晦日・元日当直者に用意してくれる年越しそばと雑煮を『満天』で口にできる。国立大学が独立行政法人になってから、財政的に厳しいと言われている大学病院だが、研修医や患者に来て貰うためには、少々のサービスも必要だと敏腕?高階病院長は言って、環境の改善を行っている。勤務の軽減が難しいのなら、少しでも快適に仕事ができるように。その一環で、当直室が改装され、院内食堂も充実された。さらに、院内には大手コンビニが設置された。こちらは、獣医学部側にはないため、向こうの職員もよくやってくる。しかも、スカイレストラン『満天』は24時間営業だ。これも獣医学部との話し合いで決まった。医学部の赤字解消に獣医学部も一枚噛んでいるというわけだ。相手は違えども同じ医療従事者。お互いに手を取り合わなければ、できない部分もある。ちなみに、付属病院での人間ドックの案内は獣医学部付属病院の掲示板にでかでかと貼られている。予防接種の案内も同様で、こちらは付属病院の掲示板に『さくらもちからのご案内』とわざわざコーナーが作られている。
 色々な意味で桜宮市の住民も、動物たちも医療に関しては幸せだ。

 そして、速水は悩む。そして、決めた。田口に打診して、これでいいと言うのなら、今年のクリスマスはこれにしようと。なので、早速、院内PHSを手に取り、短縮ボタンを押した。
「…行灯? 速水だけど、ありすのクリスマス・プレゼントの件、さくらもちでのディナーはどうだ? なんかオレンジまでご指名が来ているんだけど。…俺? 違う。ありすに…。どうせ宣伝ポスターに駆り出されるんだろうけど、まあ、物じゃないところがいいと思わないか? 後でパンフレット、ファックスするから読んどけよ。で、気に入ったなら、予約もしておいて」
 周りの、げーっ、ラブラブーっ!という冷たい視線やいい加減にして!の声なき叫びを一刀両断にして、速水はご機嫌モード一直線。何しろ、今日はとってもオレンジが暇なのだ。日頃の激務を労ってか、オレンジの神様がたまに粋な計らいをしてくれる。いつもなら、こんな時は研修医の地獄の特訓に使うのだが、今日は先ほどの会議で疲れて、勝手にしてろになっていた。当然、速水自身のモチベーションも低く、患者や看護師には見せられない状態になっていた。
「そう言えば、年末年始は臓器統御外科の心臓血管チームが手術室を占拠するらしいですよ。おかげで、麻酔科の当直ローテーションが大騒ぎになっています」
 麻酔科出身の黒田が、病院本館の大騒ぎを報告した。
「なんで、こんな時にそんなことをするんだ? 黒ナマズもなーに考えてるんだよ」
 速水は首を捻った。
「普段は外来やらで、忙しいから、患者が少ないこの時期にまとめて手術をするらしいです。それも大きなものを立て続けに…」
「大胆だな。でも、言われてみれば、普段はオペ予定を入れるのも大変らしい。麻酔科医の確保ができずに、手術が延期されたって言う話も聞いたな。外科だけでも結構な科があると、それだけオペ室争奪戦に発展か。最近は眼科や耳鼻科なんかも、高度なオペをするらしいから、オペ室のローテーションが難しいらしい」
「外科系はどっちかというと、いかに大きな手術を早く終わらせるかというのがありますが。マイナーな外科系では、逆になりつつあるようです」
 黒田は麻酔科ならではの情報を、速水に告げた。
「外科浸潤は最低限にするが、俺ら外科医のモットーだからな。そのために、心臓もカテーテル手術の範囲が広がっているし、腹腔鏡なんかの普及も行われているんだろう」
 速水は研修医時代、心臓外科の権威である黒崎教授の下できたわれた。当時は佐伯病院長、教授が率いる総合外科と称されていた。その中には、現病院長の高階権太が講師として、消化器外科の最先端技術を研究していた。黒崎は心臓血管系の第一人者だった。
「病院も患者集めに努力しないといけない時代だからな。バチスタ事件以来、うちの評判はがた落ちになったけど。あれは氷室個人に問題があったわけだろう? もちろん、桐生先生にも問題がない訳じゃなかったが…。それでうちの全部を評価するのはおかしいと思わないか? でも、世間はそんなものだろ。だったら、これだけは…って言うるのがあるのは、強みだろう」
「チーム・ジェネラルがドラマで有名になりましたが、普通の人はオレンジには来られませんからね。本物のジェネラル・ルージュには滅多にお目にかかれない」
 黒田は笑う。
「代わりに、別のドラマのモデルに心臓外科チームがなったからいいんじゃないのか?」
 速水を主役にしたドラマで、東城大学医学部付属病院を取材に来たテレビ局のスタッフが、今度は別の医療ドラマの参考にと取材に来ていたらしい。舞台は東京の大学病院。でもって、ある天才外科医を中心とした心臓外科チームと、病院を建て直そうとする経営陣との攻防が見所らしい。
「正確には心臓カテーテルチームです。これで、うちにも患者殺到ですかね?」
「どうかな? もともと、うちは黒ナマズの心臓に定評があるからな。昔、心臓専門センターを作ろうとしたぐらいだし…。カテーテルに関しては、成功率、技術も国内トップなのは事実だ。まっ、俺にはあまり関係ないけどな」
 救命救急センターにいる速水には、本館の様子は会議時の報告でしか分からない。恋人の田口はもっと病院事情に疎い。どうでもいい噂は、佐藤の友人?である廊下トンビこと、田口の後輩、兵藤が教えてくれる。速水はたいして興味がないので、相手にしていないが、有益そうなものは佐藤から速水に伝えられる。
「今年ばかりは、オレンジ勤務でよかったとつくづく思いましたよ。何しろ、心臓外科チームのおかげで、麻酔科医は正月以外はほぼ全員通常勤務だそうです」
 正月にオペについても日中なら休日扱いになるのは元日と土日だけだ。それ以外は通常の勤務扱いになる。もちろん、当直の場合は別だが。そして、もっとも悲しいのは、オンコールで呼ばれても勤務手当は付かないということだ。ただし、東城大学の場合、自宅にタクシーが派遣されるので、寝ぼけていても車を運転しなくていいし、ちょっと一杯引っかけていても、強制的に駆り出される…。病院の厳しい台所事情を知っている医師たちは、手当ては諦めている。
「どっちがいいのかは、当日にならないと分からないぞ」
 速水はにやりと笑うと、立ち上がった。そろそろ救急車が来る。速水の第六感が告げていた。

 そして、クリスマス・イブ。ちょっとした大騒ぎが獣医学部付属病院で起きていた。
「速水先生、こっち向いてください」
「ありすちゃん、こっちこっち」
 なぜか大撮影会が行われていた。これには速水も閉口する。たぶん、こうなるだろうと予想していても、何台ものカメラに囲まれれば、いくら面の皮が厚い速水でも、一歩引く。しかも、田口は傍観者を決めているらしく、端っこからにやにやしながら眺めるだけ。頼みの綱のありすは、機嫌良くカメラ視線という女優も真っ青の演技を見せていた。
 速水は自分が指名された本当の意味に気づいて、慌てて逃げようとしたが、そこは田口に押さえられて今に至る。行灯の奴、覚えていろよ。このツケはきっちり払わせてやる。そんな物騒な決意を、速水が怨念のように唱えていると気づかない田口。のほほんと、速水とありすのツーショットを写メしていたりする。
 さらに、速水って、やっぱり格好いいかも。ドラマのモデルになるだけあるよなぁ。などと、おとぼけな感想を抱いていたりする。

 そんな写真撮影がようやく終わって、二人と一匹は、さくらもちの院内食堂へと向かった。
「すごいなぁ。あっちもこっちもクリスマスだ」
 田口が色とりどりに飾られたクリスマス仕様の院内を見て、感心する。
「相手が飼い主だからな。うちとは違う」
「まあ、そうだけど、やっぱり季節感が感じられるよな」
 視点がそれかよ。が速水の感想。田口の感覚はいまいち速水には分からないところがある。それは二十数年の付き合いを持ってしてもだ。そんなときはスルーに限る。
 食堂の入り口はきらきらしたイルミネーションが光っていた。
「綺麗だね」
 田口はありすを抱き上げて、顔を近づけた。ありすの真っ白な毛にイルミネーションの光が映る。今日のありすはクリスマス仕様だ。サンタクロースの服を着て、頭には柊の冠。相変わらず、何を着せても可愛い。
 席に着くと、サンタクロースの格好をしたウェイターが前菜を運んできた。人間のテープルの横に、動物専用の枠が付いたテーブルが用意され、ありすはその中でちょこんと座っている。ありすには豪華なクリスマス・ケーキが届けられた。草食獣であるありすのケーキは、ケーキと言っても藁を練り込んだ堅焼きのクッキーに様々な葉や果実が飾られていた。素朴だか、ありすにとっては初めて見るものだ。興味津々の様子で、顔を近づける。
「ありす。食べる前にこっち向けよ。写真にして、二階のガキに見せないといけないからな」
 速水がデジカメを向けて、ありすとケーキを撮る。ありすの白い毛と赤い服、ケーキの緑がとても綺麗に写った。
「お前は本当に綺麗だよなぁ」
 呟く田口の声があまりにも真剣だったので、速水は吹き出すのを必死でこらえる。確かに、ありすは可愛い。性格も物怖じしなく、人なつこいので、どこでも評判がいい。田口とは正反対の性格だ。
「ありす。ちょっとこっち見ろ」
 大好物のマンゴーがサイコロ状に飾られている特製ケーキを、一心不乱に食べるありすに速水の声など聞こえるはずもなく。ひたすら、食べている。その姿を可愛いと田口は眺めて…。親ばか速水は写真撮りに燃える。
「速水。ありすにまず食べさせてやれよ。おなか減ってるんだから」
 速水に名前を呼ばれるたび、そちらに顔を向けるありすの健気さに、田口は可哀相になってくる。
「何を言っている。劇的瞬間瞬間を逃さない。それが救命医の使命だ」
「?」
 速水がまたわけ分からんことを言ってる。田口は速水をスルーすることにして、自分の料理を口に運ぶ。どうせ速水は早食いなのだ。田口が一口食べている間に、五口ぐらい食べているのが速水だ。せいぜい納得するまで、ありすを撮ってくれ。である。
 ありすも慣れたもので、速水の方を適当に見ながら、食べている。速水よりよっぽどありすの方が大人だ。
「速水。それ食べないと次が来ないぞ」
 さすがに、田口が速水に声を掛ける。主役はありすかもしれないが、自分たちもせっかくなら楽しみたい。ちょっとしたわがままをぶつける田口だった。
「わりぃ」
 そう言うと、速水はありすの撮影を中止して、食事を始めた。時々、ありすが自分のテーブルから顔を出して、速水と田口を見る。と゜うやら、こっちに美味しそうなものがないかチェックしているようだ。
「さっきの写真って、やっぱり宣伝に使われるのか?」
「ああ。経費節減だとさ。けど、俺を使って経費削減はないよなぁ」
「ギャラなし?」
「当然。っていうか、ギャラはありすの治療費割引。俺の取り分はなし」
 そう言いつつも、速水は笑顔だ。ジェネラル・ルージュの興味をひくのは、救命救急センターに運ばれる患者で、それ以外ではとても寛大な速水だ。田口とこんな風に食事をするのは、いったいいつ以来か。記憶にもない。
「たまにはいいよな。プレゼントだけが、クリスマスじゃないし、ありすがのけ者にされる心配はないし…」
「美味しいものも食べられて、家族団らんができるなんて、さくらもちの戦略に脱帽だな」
「なんか。うちも負けられないって思って、いろいろ考えるけど、うちじゃ難しいのが多いよな」
 田口は手の込んだ料理に舌鼓を打ちながら、呟いた。
「だよな。病棟を飾り付けるのは金が掛かる。そんなのに、事務長は予算を付けないからな。学生にボランティアをして貰うしかないが、医学部の学生は駄目だよな」
「だったら、芸術学部はどうだ? 変な前衛美術はだめだけど、ノーマルなのだったらいいんじゃないか? せっかくたくさん学部があるんだから、自分ところの学生を使わない手はないよ」
「なーるほど、その手があったか」
 速水はぽんっと手を叩いた。東城大学には多くの学部がある。しかも、その大半が桜宮市の周辺にある。医学部、獣医学部、理学部、工学部、文学部に教育学部、海洋学部に経済学部、薬学部に歯学部。ざっと並べても、地方の旧国立大学にしては理系の学部がこれだけ充実しているのも珍しい。しかも、それぞれの学部に有名な卒業生がいるのも、自慢になっている。世界的に有名なのは、理学部のホヤの研究と、工学部と平沼製作所の合同で制作されている深海探査船などがある。
 子どもの減少にあわせて、大学では学部の増設は珍しいのだが、地域の要望もあって、芸術学部が新設された。そんなわけで、桜宮市は学生が多い。地方のそれも人口二十万人弱の市としては、恵まれた環境と言えよう。
「なぁ。正月はどうする? 速水は当直だろう」
「ああ。今日は佐藤ちゃんが当直してるからな。元旦は交代してやらないと、生き霊に呪われる。行灯は休みだろう」
「うん。家でおせち用意しているって言うし、他の兄弟も帰ってくるから、ありす連れて行こうかなぁって」
「いいんじゃないか? 俺も手が空いたら、帰るから。だったら、正月特番を録画しておいてくれよ」
「いいけど。うちで予約しておいたがよくないか? あいつらが来るんだぞ?」
 ちょっとだけ田口の目が遠くなった。
「両方予約しておけば、失敗はないだろう」
「それはそうだけど、何を録画するつもりなんだ?」
 田口は首を捻った。速水がそこまでこだわる番組なんて、あったっけ?である。記憶にある限りでは、今年の春に放送された速水をモデルにした医療ドラマぐらいだ。
「『ジェネラル・ルージュの凱旋』の続編」
「へぇー。やっぱり評判よかったんだな。俺の周りでも、結構反響があったし、続編をってリクエストが来ていると、スタッフの人からメールは貰っていたけれど…」
 どうやら兵藤の噂は本当のようだ。
「家に番組スタッフからの文書が届いていなかったか?」
「見てない…」
 と、田口は言うが、速水は未処理棚に入れっぱなしに違いないと確信する。仕事関係の書類はほぼ全て大学の方に届くから、それ以外の書類は宛名を確認して、そのまま、未処理棚(暇なときにチェックしよう)一直線の場合が多い。帰ったら、探してみようと思ったのは、速水だけでなかった。
「まあ。お前って、そんな奴だよな」
「なんだよ。俺はちゃんといるのと、いらないのを取捨選択しているだけだ」
 田口がふて腐れる。
「はいはい。そう怒るなよ。で、これうまいぞ。家で作れないか?」
「無理。って言うか。そんな技術、俺にはない」
 機嫌が悪い田口の返事は素っ気ないを通り越して、怒っているようだった。
「そう言うなよ。お前の料理、食べるの楽しみなんだから」
 にっこり。笑顔全開のジェネラル・ルージュの魅力に、田口の頬もうっすらと赤くなる。段々、ラブラブ・モードに変化していく。
「そんなに言われたら…」
 照れる田口に、ますます速水の笑みが深くなる。
「なっ? 作ってみたくなるよな?」
「時間と根性と暇があったら、考えてみる」
 強引な速水の押しには、さすがに田口も抵抗できない。思わず、頷いていた。バックにはクリスマス・ソングが流れている。それらは派手なものではなく、賛美歌やクラシックだ。曲が変わるたびに、ありすが耳を立てて、立ち上がる。周りは家族連れが大半だ。連れているペットも犬がほとんどで、大型犬から小型犬まで色々いる。だが、どれも大人しい。異色なのは、モルモットの団体様とポニーだ。どちらも、獣医学部の動物らしく学生が連れている。食堂の真ん中には巨大なクリスマス・ツリーが飾られている。
「なあ。あとで写真を撮ろう」
 速水はそう言って、クリスマス・ツリーへと視線を向ける。田口がそっちを見た瞬間、速水は田口の皿からさっと肉を掴んで口に入れた。
「…。お前、何か取ったろう?」
 自分の皿を見た田口が、すかさず速水に詰め寄った。
「やっぱ、ばれた?」
 悪かったと全然思っていない速水に、田口は悟りの境地。
「ったく…」
「そう、怒るなよ。俺のをやるから。…ほら、あーん」
 速水が自分の皿から、田口が好きなジャガイモを箸に取り、差し出す。
「ん。おいしい」
 ぱくっと食べた田口の感想に、速水はにっこり。
「んじゃ。これは? はい、あーん」
 速水は田口の反応に気をよくして、自分の皿の料理を箸に挟んで、田口に差し出す。
「…ん。速水にもお返し…」
 田口が速水に箸を差し出して、速水がぱくっ。互いに自分の分を食べればいいのに、いつまでたってもラブな二人はこんな事でささやかな幸せに浸れる。ある意味、とっても経済的なカップルと言えた。それを咎める者も、指摘する者もいない今、速水と田口の日常がただ漏れになっていた。そんな二人を見慣れているありすは、枠が付いたテーブルから身を乗り出して、田口の皿に載っているトマトを欲しがる。
「ありす。お前の分はこっち」
 そう言いながら、速水はありすに自分の皿に乗った味が付いていないトマトを摘んであげる。
「速水ぃ。ありすを甘やかすなよ。そうやって、わがままになっていくんだから」
 田口がめっとありすをたしなめる。
「別にクリスマスぐらい、いいだろう?」
「…うーん。でも…」
 田口が悩む。そんな田口が可愛くて、速水は目を細める。そして、食堂のスタッフはそんな二人に目を細めていた。何しろ、医学部付属病院の救命救急センターの速水晃一は桜宮市では結構な有名人なのだ。そして、それに本人は気づいていない。しかも、普段から人に見られるのに慣れているため、他人の視線を意識しなかったりする。
「でも、動物は一度、大丈夫だと思ったら、絶対に曲げないって聞いたから、やっぱりだめ。俺が厳しくしないと、すぐに速水が甘やかすから、ありすはお馬鹿さんになってしまう。そうなって、困るのはありすなんだから」
 田口の躾は厳しい。ありすもそうやって、とってもお利口なうさぎになったのだ。
「へいへい。分かりました。けど、俺は甘やかせてくれよな♥」
 ♥を飛ばした速水に、田口はばかと小さく答えた。それに、ますますデレッとなる速水。そんな二人を観察して、萌え~と喜ぶさくらもちのスタッフ。

 しかし、そんな二人の様子はリアルにさくらもち速水ファンの元へ送信され、こっそり、裏から覗きに来る人が後を絶たず。気がつけば、速水と田口の日常を誰もが知ることとなった。当然、人間の病院スタッフにも速攻でメールが行き交い、当直でやさぐれていた人々にクリスマスの夜のささやかな萌えを大いに提供したのだった。、

 そして、速水とありすのポスターは獣医学部付属病院に多大な貢献をした…らしい。それを聞いた黒崎教授が、後日、ただで速水を使うなと、獣医学部付属病院に抗議しろと高階病院長に抗議に行ったとか。行かなかったとか。なんだかんだとお互いを嫌っている速水と黒崎教授だが、もしかして、似たもの同士?と一瞬だけ思った田口だったりする。


               Copyright©2010 Luna,All Rights Reserve
ちょっと遅くなりましたが、速水家のクリスマスです。ジェネラル、しっかり嫁の尻に敷かれています。
しかも、さくらもちの陰謀?にちゃっかり引っかかっているし…。でも、ありすと行灯先生が喜ぶのなら、それで良いんです。
2010年12月26日 作成・掲載 
inserted by FC2 system