花より団子?(将軍×行灯 本文へジャンプ

「なあ、どこかいい花見場所って知らないか?」
「桜宮一番のスポットは、やっぱり赤煉瓦棟に続く並木と、付属病院の門のところでしょうか」
「やっぱりそうか…」
 田口は院内ジャンク情報収集に命を掛けていると言っても過言ではない、神経内科病棟の医局長、兵藤を前に納得するしかなかった。
「先輩、お花見ですか?」
「まあな」
「是非、そのときは僕も呼んでくださいよ。いいですね」
「まあ、いいけど。俺の花見にはもれなくオレンジ新棟の将軍が付いてくるが、それでもいいか? あと島津も来るかも…」
「速水部長ですか…」
 兵藤の声が小さくなる。別に速水が兵藤を嫌っているという事実はない。むしろ、手なずけようとしている風があり、田口が牽制しているぐらいだ。しかし、兵藤の中ではいつぞやの極楽病棟での”ジェネラル、熱でダウン”事件が尾を引いているらしい。
「まあ。ゆっくり考えてくれ。決まったら、連絡するから」
 そう田口は告げた。
「分かりました。でも、ちゃんと連絡してくださいよ」
「はいはい」
 やっぱり参加する気なのかと、兵藤の調子の良さに呆れつつ、田口は相づちを打った。

「藤原さん、うちじゃない花見場所って知りませんか?」
「桜宮のお花見名所と言ったら、うちの並木道ですよ。後は中学校ぐらいでしょうねぇ」
「それはちょっと」
 桜宮中学校の校庭で花見はまずかろう。ていうか、昨今の学校を巡る事件で部外者は入れなくなっているはずだ。もっとも、東城大学医学部付属病院の名前を出せば、入れてくれるだろうが。花見じゃ無理に決まっている。
「やっぱり、赤煉瓦小径か」
 呟く田口だったが、大学時代からずっと知っている場所である。医学部の敷地内はもはや自宅の庭と化していた。
 庭で花見もなぁ。それに大学内だと知り合いに会うし、付属病院が近くにあるということで羽目を外す学生もてんこ盛りで…。
 去年なんか、夜中にこっそりひっそり花見を速水としていたにもかかわらず、急性アルコール中毒で大騒ぎの馬鹿学生を拾う羽目になった。当然、その時点で花見はゲームオーバー。翌日の雨ですっかり葉桜になってしまった。
「去年、花見実行委員会なんて速水先生が叫んでいたのは、どうなったんですか?」
「ああ、あれですか。実行はしたんです。ただし、夜中に。速水の時間が取れたのが夜中しかなくて、しぶしぶ懐中電灯で道を照らしながら、桜を眺めましたよ。外灯の下には先客がいっぱいですからね。で、学生の急性アルコール中毒患者に出会った速水は、そのまま、オレンジへ直行」
「あらあら、そのまま田口先生は放置されたんですか?」
「一応、オレンジには行ったんですが、役に立たないだけでなく、速水の馬鹿が…」
 そのときの速水の暴走を思い出した田口は頬を染めた。
 恋人との貴重なデートタイムを馬鹿な後輩のおかげでなくした速水の暴走は、目に余っただろうと藤原看護師は想像する。犠牲者の田口には申し訳ないが、それぐらい将軍が怒っていたということだろう。
「まあ、人生色々なことがあります。田口先生が大人になってあげないと、速水先生はいつまでもわがまま将軍ですよ」
「はあ」
 ここで藤原看護師に自分が諭されるとは思ってもいなかった田口だった。しかし、考えてみれば、そうかもしれない。オレンジでわがまま三昧、しかも、病院内はどこでも自由な速水。どこかで我慢を教えるのも必要かも。
「でも、速水からわがままを取ったら何も残りませんよ。たぶん」
 藤原看護師が病院長と繋がっているのが分かっているため、田口はさりげに速水のフォローをしておく。
「仕方ないわね。あばたもえくぼなんだから」
 こっぱずかしいことを言うと、藤原看護師はじゃあ、お昼に行ってきますと去っていった。

「行灯。いい天気だなぁ」
 ふらりと速水がやって来たのは、田口が本日の外来カルテを整理している午後だった。
「花見日和だと天気予報も言っていたからな」
「桜か…」
「うん」
 長身の速水を見ていたら、桜の下で消えそうな笑顔を見せた外科医を思い出す。あのとき受け取ったものを自分はちきんと覚えているだろうか?
「なあ、聞いていいか?」
「なに?」
 速水が定位置になったソファから顔だけ田口へ向けて、笑顔を浮かべた。
「桜の下に立っていた桐生先生。太陽に向かって、こう背伸びして、俺を見て笑ったんだ」
「うん」
「今までで一番きれいな笑顔だったんだ」
「うん」
 ただ黙って速水は田口の言葉を聞いていた。そして、
「いつか俺も桐生さんのように桜の下で笑っているかもな。そん時は良くやったよ、速水。もう十分だよ、速水って言ってくれるか?」
 寝そべったままだが、至極真剣な目で速水は田口を見た。
「……ああ。…言ってやるよ。お前を抱き締めて、キスをしながら…」
 速水は自分がメスを置いたときのことを言っているのだと、田口は思った。桐生がどうだったのかは分からない。でも、あの笑顔には吹っ切れたものがあったのは確かだろう。でなければ、あんな蕩けるような笑顔は生まれない。
「それまで、ずっと側にいてくれ」
 吐息のような速水の言葉に田口は椅子から離れると、彼の横に行き、床に膝をついた。そして、速水を両手で抱き締める。
「いるよ。ずっと一緒にいるから…。できれば、お前が死ぬまで側にいたいよ」
 滅多に口にしない誓いを田口はそっと速水に告げた。
「愛している」
 速水が田口に抱擁を返しながら囁いた。お前がいれば、俺は大丈夫だから。速水が甘えるように田口の首にすり寄る。
「ところで、お花見の件だけど。うち以外でいい場所を知らないか?」
「桜宮公園はどうだ。一応、桜は有ったと思うが。どのみち、桜宮はその名の通りどこそこに桜が植えてあるだろう。市木が桜なんだから」
「確かに」
 田口は市内で見かけた桜を思い出す。たくさんあるだけが花見じゃないかも。一本でも花が咲いていれば、花見はできる。
「だけど、あんまり遠くには行けないぞ。オレンジから呼び出しがかかっても戻れる範囲じゃないとな」
 今のように仕事モードの速水は私生活も仕事優先だった。
「だったら、やっぱり赤煉瓦小径か」
「まあ、無難な選択だな」
 もともと速水はあまりお花見に乗る気じゃない。去年もそんな速水を説得しまくって田口は実現させた。もっとも、途中で事件があり、満喫はできなかったが。
「今年は去年のようなことがないといいな」
「夜中にしなければ、人目も人出もあるからな」
 わざとらしいウインクを飛ばして、速水は笑う。いい男がするとウインクも様になるだけでなくセクシーだ。
「お前、なに赤くなってる? 惚れ直した? 格好いい俺に」
「ウインクがいやらしいよ」
「そりゃ、思いもかけない意見だな。ウインクまで文句付けられるとは…、さすが行灯だ」
「だって…」
「まあ、お前のウインクは瞬きだもんな。田口君、目にゴミが入ったの?って言われたのは、大学時代だっけ?」
 田口の汚点?を引き合いに出して、速水は自分から逃げようとする田口を抱き締め直す。
「でも、可愛い。俺はぎこちないお前のウインクを見るたびに、抱き締めてキスしたくなる」
 低くよく通る声で速水が田口の耳元に囁く。たちまち、田口の首筋が赤く染まる。それを満足そうに眺めて、速水はキスを繰り返した。
「俺はお前さえいたら別に花見をしなくてもいい」
「世の中は俺とお前だけで完結したらだめなの。四季を感じて、風を感じて、空を感じる。それが生きる気力になるんだよ。お前はオレンジに詰めすぎだ。世界は生と死だけじゃないんだ」
 いつにない田口の強い口調に速水は黙る。
「確かにその通りだ。世間には生と死はそのあたりに転がっていない。有るのは人々の生活だよな」
 分かっていたが忘れていた。そう速水が告白しているように田口には聞こえた。
「うん、そうだよ。俺たちだって、朝起きたら、朝食を作って食べて、歯みがきして、着替えて仕事に行く。どこにも、生と死なんてないだろう。それに不定愁訴外来や極楽病棟にも生と死はほとんどない」
 当たり前だけど、それが奇跡であると知っていながら、田口は口にする。
「田口、すごいな。愛してる。すっごい愛してる」
 それはリップサービスだろうと田口は思った。だが、黙っておく。その代わり、
「嬉しいな、救命救急センターの速水部長にそう言ってもらえて幸せです」
と応酬するのは忘れない。
 まあ、いいけどね。
 速水はちょっとだけいじけると、抱き締めた田口にキスをねだった。
「はい、終わり」
 ちゅっと、速水の額にキスをした田口は果敢にもその腕から逃げようとする。そうはさせまいと速水の腕の拘束が強くなる。仕方なく、田口は体の力を抜いて、速水に寄りかかった。
「好きだ」
 そう言いながら、速水の唇が田口を捕らえた。

 そして、お花見当日。
 いつもと代わりばえのしないメンバー。田口に島津に速水、なぜか藤原看護師。兵藤は直前になって辞退してきた。場所はもちろんというか、やっぱり病院敷地内だった。しかも、付属病院の玄関近くの桜並木ときたから、酒も飲めず、ひたすらお花見だけだった。それでも、藤原看護師がお花見弁当を手配してくれたので、往来を行き来する患者や業者の視線を浴びつつも、少し楽しめた。
「花はきれいだし、弁当もうまい。だがなぁ」
「俺に聞くなよ、島津」
 はらはら。満開の桜は春風に花びらを落とす。豪華な花見弁当の上にも淡い桜色が落ちる。
「行灯。その煮っころがし、ちょうだい」
 速水が甘えモードでおねだりする。それを見た田口と島津は同時にため息。しかし、藤原看護師はくすくすと笑った。見目麗しい男が笑顔全開で甘える姿は、彼女には笑える範囲らしい。
「速水。その甘えモードを何とかしろよ」
「いやだ。これは俺の唯一の息抜き、止めさせるとぐれるぞ」
「はぁ」
 ため息の田口だった。
「今日は諦めろ。それよりも、お前もお花見を満喫しろよ。春だなぁ。気分がいいなぁ。地下とはえらい違いだ」
 島津は思いっきり背伸びした。東城大学医学部付属病院のMRIの権威の島津は、普段、地下のMRIユニットにいる。光がささない点では速水の潜水艦司令室のような部長室と似たようなところだ。
「そうだな」
 田口は桜の枝へと手を伸ばした。花には届かないが、その隙間からこぼれる光が手に透ける。桐生のように光に向かって進む勇気はないかもしれないが、このやって手を伸ばせばきっと誰かが掴んでくれるだろう。そんな友人たちがいるのが嬉しい。
「おい、速水。落としたぞ、ガキじゃないんだから」
 島津の呆れ声に、田口は速水を見た。
「あらあら、速水先生。気をつけてくださいよ」
「すみません」
 素直に速水が藤原看護師に謝っていた。どうやら、箸に持っていた何かを落としたらしい。
「お前、行灯に見惚れるなよ。まったく、いい男がぼーと、男を眺める図は結構、怖いぞ。行灯の顔なんて毎日見飽きるぐらい見ているくせに、ここでまで惚気るな。今は花見なんだぞ、は・な・み。分かったら、さっさと弁当を食え」
 業を煮やしたらしい島津の雄叫びに、しまったと速水はぼやくと弁当に箸をのばす。が、オレンジでの一瞬で終わらせる食事と違い、のんびり箸を進める。
「たまには弁当もいいな」
「そうか?」
「島津は毎日、愛妻弁当でいいな」
「いいものか。幼稚園仕様弁当の大人バージョンは恥ずかしいぞ。タコさんウインナーとかリンゴのウサギとか。この間はアンパンマンだった」
 弁当を作ってもらえるだけ幸せなのに、島津は不満を並べる。
「お前、それ贅沢な文句。俺なんか、嫁さんに弁当を作る技術がないから、要求できないんだぞ」
 速水が悔しそうに島津に訴える。
「…そりゃなぁ」
 田口にそれを求めることが無謀だと、速水家の事情を知っている島津は、気の利いた言葉が返せない。そして、田口は聞かなかった振りをする。
「でも、日々、料理の腕は上がってきているから、そのうち、作ってくれるかもな」
 ここでも、惚気る速水。そして、そんなにお前は手作り弁当が食べたいのかと、ため息の田口と島津。田口は速水のわがままにため息。島津のそれは、お前は芯から田口を嫁だと思っているんだなという呆れが多大に含まれている。
「お弁当なんて簡単よ。ご飯を詰めて、真ん中に梅干しを入れて、上にのりとふりかけを掛けておけばいいのよ」
 藤原看護師の豪快なコメントが爆発した。
「…究極の弁当だ」
「それに比べればアンパンマンには愛がこもっているぞ」
 藤原看護師の発言に対する反応はまちまち。だが、田口はそんな弁当を速水が欲しがっているのではないと知っている。
 まったく、藤原さんも人が悪い。そうやって、人の家庭をかき回さないで欲しいが、田口の正直な気持ちだった。

 それぞれの思いを知らん振りで、はらはらと桜は花びらを散らし、その美しさを誇示するのだった。

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    お花見も大変です。田口がいればそれで大満足というジェネラル。周りに誰がいようと関係なく田口にべったりです。
桜の花びらが田口の頭に乗っかっていたら、ジェネラルは田口を抱き締めて、キスぐらいします。酔ってなくても…。
平成21年4月19日(日) 作成
平成21年4月29日(水) 掲載

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